バルバロイド侵攻前夜のアルペニアについて
詩や伝承では、初期のアルペニアでは大小様々な国があったという。その国々を率いていたのは、アルペティナが神聖を付与した戦士、または女神の一部を使い生み出されたアルペニウスの血統に当たると信じられていた者達である。
戦場の主力は戦車から軽装備の歩兵へと変わり、装備の改良により機動力を保持したままの重装歩兵が台頭、武器の変化による主力の交代など、その時代の主力に対抗するために様々な工夫が行われた。
しかし、自らの無能さを市民に知られることを恐れたのか、政敵により発案者が追放されるとそれらの戦術は使われなくなり、小国同士の争いは消耗戦となる。
そして、最後にアルペニア中央部の支配を確立した国の名はパレモルであった。同国は併合した他国を柔軟に支配すると、それまで互いに外に出ず閉鎖されていた風習を解き放ち、多様な文化が生まれる土壌を作った。
時が経ち、パレモルは王位継承が上手く行かずに劣化、代替わりの度に優秀な者達を大量に粛清するという悪習が生まれる。これにより中央の統治能力は衰退してその響力は弱まり、それに反して地方の都市では有力者等による自治が確立していった。
その後、体制を立て直したパレモル王は独立志向の高い諸都市と戦うが、同盟を結び団結した都市と競う力はすでになく、都市群は周辺の共同体を併合すると都市国家として独立、以後、パレモルは取るに足らない小国として存在することとなった。
都市国家群は対パレモル同盟が終わりを迎えたことで、商権の独占と交易路や資源の確保のための戦争を始める。
主力の変化に伴い、馬や高価な装備を揃えられる富豪や英雄による政治が行われ、歩兵が台頭すれば市民の発言権が増し、国の内と外を問わず国々は覇権争いを続けては併合と分裂を繰り返していた。
しかし、どの都市も他を圧倒するほどの力を持つことができず、憎しみと疲弊を重ねるだけの不毛な争いを続ける。
他国との争いにより戦闘に参加した市民の発言権が増したために、富豪や特権階級による既存の政治体制が揺らぎ、民衆派を僭称する扇動政治家と既存の権力者による内部抗争が勃発した。
競争相手により些細な失敗の責任を取らされては有能な者が次々と処刑されることとなり、市民の暴走を改革しようとした善良な者も同じように処刑されてしまうと、憎しみにより都市は自らの肉体と頭脳を切り刻むことを止められなくなった。
長い内乱により氏族などの血縁関係は希薄になる、敵対する都市に逃げ込んだ有力者の協力により都市の弱点は敵に知られることとなり、市壁が突破されるようになる頃には憎しみと怒りによって殺戮を繰り広げることが目的となっていた。
この無意味な争いにより、歴史的に重要な文献や伝承されるべき技能の多くが失われ、その結果、経済は疲弊し住む者の数も減りアルペニア中央部は弱体化した。
そして、アースエイド暦四〇〇年頃、エルディウムより未開の生活をしていたバルバロイドがアルペニン山脈の中央地帯を通りアースエイド侵攻を開始、その数は四十万とも数百万とも言われている。