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不死王国史  作者: 近衛キイチ
ディプス戦役
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介入

 アケメウスはディアニクスの影響力がニルギス国内から消えたのを良いことに、ニルギスと個々に同盟を結んでいた東の地区にあるニ―バやカイヤ等の都市に対して小麦の入荷制限と売買価格の操作、さらに通行税の値上げを言い渡して経済的な孤立をさせつつ、王都リアナッカスの城壁の修復と称して強制的に住民を移住させるなどの処置を行っていた。


『スレイヴス戦役』の際に負傷によりアルトーエスに残っていた一部のニルギス兵は、傷が癒えた後も故郷には帰らず、ニルギスと同盟を結んだ街の住民となっていたのだが、ディアニクスがティタン王に就いたことと戦友達が再び叛乱を起こしたことを知ると、ニルギスへ帰還するために集まりその準備と協議をしていた。

 これをアルトーエス王アケメウスは東の地区を取り戻す好機として傭兵を派遣するが、元第一軍団の兵士達と共に派遣されたアルトーエス軍を壊滅させた住民たちは希望を抱き、元軍団兵等に自分達と共にアケメウスと対峙することを懇願する。


 アケメウスは他の地域に蜂起が広まるのを防ぐために緊急事態を宣言し、各地の砦から傭兵軍を招集し東の地区に派兵した。

 アルトーエス軍の数の多さに驚いた元第一軍団の兵士たちは、ディアニクスとニルギスの叛乱軍に援軍を求める使いを出すと市壁を持つ都市に籠った。


 シフィナシス族の援軍を得たアケメウスは、城市に逃げ込み籠城する者達に多くの兵を割く事ことはせずに、水源と食料の補給を断ち市内に居る者が飢えて降伏するのを待つだけにすると、叛乱が広がるのを避けるために各地に兵を分散させると共に、侵攻の意志がないことを確認するために周辺の国々との同盟更新を行いつつ、募兵と国境の軍に集結を命じる。

 そして、ウェルティコスからの援軍要請を承諾すると、直ぐ様、傭兵隊長ジュリアス・エステスに傭兵と義勇兵からなる二万二千名の指揮権を与えニルギスに送った。



 一方のティタンの元老院とディアニクスは、ニルギスで起きている内戦の状況を把握するため情報の検討が連日行われていた。

 アンディコスの死に加えて、ティタンと叛乱軍が通じないようにするために復権したウェルティコスによって、キリキアとパシウスにティタン侵攻を願い出たとの報が入ると、ディアニクスは大義を得てニルギスの内乱に介入することを決断し、病の床に臥せていたセルスティヌスも彼を支持する。


 ディアニクスは放っていた密偵とその地へ商いに出かけていた者達の証言により、キリキアとイオ、それにアップル、フリクリ、モナモルでは、新天地を求めるカーナの蛮族が国内に侵攻を始めたことで他国へ干渉することなど不可能な状態であると把握していた。


 キリキア、パシウス、アップルに同盟更新の使いを送り、国内に侵攻する意思がない事を確認してからの進発となるが、ティタンは他国とは違い、もう一つ踏まなければならない手順がある、元老院の命により開かれた兵員会にて、王は自身の考えを表明し、その賛成を得なければならないのだ。


 キリキア、アップルとの同盟更新が確認されるとディアニクスは兵員会を開き演説した。

「現在ニルギスとアルトーエスでは、内戦が起きている。

 そして、復権したウェルティコスは、叛乱軍と関係の深い私をニルギスから遠ざけるため、キリキアとパシウスに大金を払いティタンへの侵攻を依頼したとの報が入った。

 しかし、ウェルティコスが考えたティタンの封じ込めは失敗した。キリキアは国内に侵攻しつつある蛮族への対処で手一杯であり、パシウスもキリキアの状況を知って依頼を断る可能性が高いからである。

 よって、我々はこのまま傍観者としてニルギスの叛乱軍からの援軍を断り、ニルギスとアルトーエスの民衆を見捨てることも選択肢として存在する。

 しかし、自国の内戦を終結させたニルギスとアルトーエスは、内戦の原因となった私を滅ぼすためにティタンに戦線布告するだろう、その際には、ニルギスとアルトーエスだけではなく、キリキア、イオ、ピラニレ、パシウス、複数の国がティタンと敵対する可能性もあるだろう。

 その時になって、ニルギスとアルトーエスの国民の支援を期待しても、すでにティタンは一度彼らを見捨てているのだから、協力を願う事など不可能である。

 ティタンも国として決断しなければならない、義を重んじ我々に融和的な叛乱軍か、それともウェルティコスとアケメウスのように非情な支配者か。である。

 先に宣言する、私自身は彼らを見捨てる積りなどないことを。

 この決意は、両国の領土や王位を望んでいるからではない、今回の内乱は私の責任であり、それを放棄すれば友との約束を破ることに等しく、我が父が賛美したディアニクスがティタン王であるために必要な部分の喪失に繋がるからである。

 そこで、私はニルギスとアルトーエスの叛乱軍の援軍に向かうことを提案する。

 ニルギスは完全に我が国の陣営に引き入れ、アルトーエスで自治を望む都市は、自治共和国として同盟を結び保護する。

 これが達成されれば、ティタン一国で周囲の国と戦わねばならぬ事態は避けられる上に、敵の戦力を減少させられるからである」


 ディアニクスは彼の提案が否決されれば、王位を捨ててティタンに留まる五百名の同志と共にニルギスに向かう積りだったが、兵員会はディアニクスの提案に賛成した。

 兵員会はディアニクスの意見に賛同する者が多かったが、元老院も僭主との同盟など信用できる物とは考えておらず、絶対に裏切られない同盟相手こそが必要と考えて一応は賛同したのだが、ニルギスだけではなくアルトーエスの領土まで維持管理できるのか疑問に考えており、議会はこの問題に対処するために多くの時間を割く必要があった。



 一度大敗したガルバは、数に置いて大差を付けなければ叛乱軍とは戦えないと考えていたが、ルフィスの方も同じように考えており、彼はディアニクスのように自軍より多数の軍勢に対して会戦を挑むことができなかった。

 だが、現在の目標は会戦で勝負を付けることではなく、ディアニクスが率いる援軍が到着するまで叛乱軍を温存することであると考えていた彼は、追って来るアルトーエス軍とニルギス軍の行軍を妨害し、その数を少しでも減らせれば良いとした。


 ルフィスは叛乱軍を軍団編制に戻して、ある軍団は敵勢が通ると予想される道の木々を切り倒してその行く手を塞ぎ、ある軍団は現地調達に出た部隊と、本国からの輜重部隊を襲ってその補給物資を奪い、四万を超えて長くなったその隊列を側面から襲い彼らに恐怖を与える。またある時は夜襲を行い、精神的に彼らを不安定な状態へ陥れた。

 叛乱軍に好意的なニルギス住民も、我々に物資の提供を惜しまず、また敵に奪われないようにと集落から穀物や家畜を持って逃げるなどしたので、叛乱軍は敵勢の行軍を可能な限り遅くする事に成功した。


 アルトーエス軍とニルギス軍の中では、減り続けていく食糧の供給に不満を持った者や、何所から襲ってくるか分からない叛乱軍に怯えた者による脱走や反抗未遂などが起きており、指揮系統は乱れ行軍も満足に行えなくなっていた。

 ルフィスは彼らの不満と不安に付け込んでは、彼らを懐柔して反抗を起こさせたり、また内通者に虚実を織り交ぜた情報を流すなどしたりして、ウェルティコスとエステスに配下の兵士に対する不信を植え付けた。

 

 夏の終わり、ピラニレ軍二万五千がニルギスに進軍した。その構成は、王が集めた傭兵と略奪を目的とした無法者で構成され、後者が大半を占めていた。

 ルフィスの奇襲作戦は成功していたが、ピラニレ軍の侵入と増え続けて行く敵勢、これからさらに、イオの軍勢が加わるのかと思うと疲れ果てた兵士は皆不安になり意気消沈した。だが、ここで、ティタンよりディアニクス率いる一万六千の軍勢がニルギス入りしたとの報が届いた。


 ティタン軍と叛乱軍はルクサニで集結する。

 砂塵を上げ行軍するティタン軍、風に揺れるティタンの国旗、馬、猪、狼、鷹、山羊、それぞれの動物を模した銀の像は陽の光を浴び、その統一されよく磨かれた武具は太陽の様に輝き、その光景は実際に存在する数以上の迫力に圧倒された。そして、それを指揮するディアニクスは隊列の先頭に立ち、より一層装飾が施された武具を身に着け、王位を示す紫の外套を羽織っていた。

 我々はディアニクスの姿を認めると歓喜の声を上げ、彼をニルギスの王に迎える事を宣言、用意した紫の紐をルフィスが渡す、ディアニクスはそれをティタン王の証と共に額に締めた。


「その時までの私は、居なくなったあの方に代わりに、全てを考え行動してきたが、これでようやく私はその任から解放され、安心して本来の自分を演じる事ができるようになった」

 ルフィスはその時をそう回想した。


 ディアニクスとティタン軍の援軍に加え、イオは北方の蛮族との戦いでニルギスへ不干渉の態度だと知ると我々は希望が湧き上がり、空腹による不満と奇襲による不安で士気が低下しているアルトーエス軍とニルギス軍に強襲を仕掛けた。その際に、ニルギス軍は激しい抵抗を見せたが、エステス率いる傭兵軍が早々に逃げ出しためにその抵抗も効果を見せず、ディアニクスは包囲されたニルギス軍に向け「ニルギスとアルトーエスの国民は武器を捨て、今後は我々に剣を向けないと神々に誓うならば故郷に帰す、ニルギス軍にいる他国民も命までは奪わない」と約束したのが効いて全員が降伏した。

 ウェルティコスは逃げ損ないその死体が傭兵達の下から発見された。


 ニルギス軍を降した我々は、エステスとその配下の傭兵達が集結するのを防ぐために、追撃戦にて徹底的にアルトーエス軍を崩壊に追い込み、ピラニレの傭兵達にニルギスに侵攻すればどうなるか知らしめるために、エステスを含め捕らえた傭兵隊長と傭兵達五千余の首を刎ね、その死体は荒野に放置して野獣に食い散らかされるままにした。

 ディアニクスはピラニレ軍へ向けて、傭兵達の切り落とした首と共に脅しの言葉を送った。

「傭兵達よ、我々はお前達から身代金を取る事はない、我々と戦えば生きて故郷の地を踏む事もなく、その臓物は野獣に、その魂はバルバロスに捧げよう」

 この言葉と我々の行動に恐れたピラニレ軍は、撤退行動に入った。

 

 ピラニレ軍の撤退を確認してから我々は、アケメウスに包囲されている友朋を助けるためにアルトーエスに向かう。

 今回は『スレイヴス戦役』の時とは違い、総力戦が予想された。

 しかし、プカ山を越えてアルトーエスに入った頃、アケメウスからの特使がディアニクスの許に到着する。


 アルトーエスの混乱はアケメウスの想定を超え、ニーバなどの東の地区だけではなく、王都リアナッカスが在る西の地区にまで広まっており、彼はディアニクスへ王位を譲る代わりに、年金付きで亡命する許可を求めていた。

 元老院は終戦を望み、三十万セナリウスの年金で亡命を認めようとしたが、亡命を認める積りがなかったディアニクスはこれを否定し、四万セナリウスの年金を付けフリニアに招こうとしたが、これに対し、イオが亡命先として名乗りを上げたために、アケメウスは十万セナリウスの年金とイオへの亡命が決まった。


 この戦役はディアニクスが王となった事が切っ掛けであったため、彼の一族名を取って『ディプス戦役』と呼称される。

 

 九七〇年の春前から始まった『ディプス戦役』は冬が到来する前に終結し、ディアニクスと我々は国内に留まり盗賊となった傭兵や混乱に乗じて不正を行う者を取り締まるために、ティタンとニルギスを巡り秩序の回復に努めた。


 ニルギスとアルトーエスの王位は廃され、ティタンの傘下に入ることになり、それぞれ有産階級から資格を持つ者が元老院入りし、その国名は行政区に変わった。

 その軍事力はティタン市民権を有する正規軍が来るまで国内を護るために必要な数のみが許され、その給料は元老院が支払った。


 両国の統治は、それまで王の代理が掌握していた裁判や条例などが、地区毎に抽選で選ばれた有産階級と住民による参事会に託され、元老院より任期一年の総督が派遣されて行政の監督を行い、参事会での判決に不服がある場合、ティタン王にその判決を求めることができた。


 ニルギスとアルトーエス王の城は解体が命じられて、その豪勢な列柱や彫刻などの美術品は売却されて国内の復興に使われることが決まり、金銀が使われている調度品は熔かされて戦勝記念の硬貨となって兵士に配られた。

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