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不死王国史  作者: 近衛キイチ
ディプス戦役
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ティタン王

 ティタン軍の一個軍団辺りの定員は四千、重装歩兵戦術は採用されていないが、傭兵のように直ぐに戦場から逃げ出す事もなく粘り強く戦う。しかし、それ故に死傷者も多かった。

 軍団の呼称は番号ではなく、馬、羊、蛇、狼、猪などの動物の名が付けられ、軍旗にもそれぞれの動物の像が取り付けられている。


 後にディアニクスは軍旗の像に金箔を被せて目立つようにし、軍団兵に自分達の旗に対して愛着を持たせ、軍団毎の統一を高める。さらに、旗手の給料を小隊長と同額にして、軍旗を奪われることは軍団全体の恥であると定めた。

 


 九六六年、招集されたばかりのティタン市民では戦えないとして、マグナに重装歩兵戦術の訓練を命じ、ディアニクス自らは軽装備の二個大隊と騎兵百を率いて先行する。

 その目的は、敵が王都に侵攻するまでの時間稼ぎに加えて、敵が本国からの兵站に頼らるを得なくするために、ニルギスの民衆に隠れる時間を与えるためであった。


 ディアニクスは少数で行動する敵の輜重部隊を襲い、森の木々を切り倒しては進路を潰しつつ、敵が川を渡る際には、上流から丸太を流して多くの犠牲を出させ、対岸に残された一方を襲い、敵の警戒が薄ければ奇襲を行い、内通者を利用して敵の傭兵部隊に不和を生じさせるなど進駐軍の行動を制限するのだが、彼はこの時に脚を負傷してしまい、本格的な作戦の実行は冬をまたぐことになる。


 次の年になり、重装兵戦術を学んだティタン軍の六個軍団二万四千は、エディン軍三万名と会戦を行った。

 この会戦でティタン軍は数名の負傷者を出すだけだったが、エディン軍は三割近くの兵を失って壊滅状態となり、ティタン軍はアルフォを占領する。


 しかし、国境を接するペルティペとアリアンの援軍に加えて、エディンで冬の間に集められていた傭兵の増援に勇気づけられたスプリヌスは敗北を認めなかった。

 これらの事情に加えて、前年に負傷した脚の傷が悪化してしまい一時的にディアニクスが指揮を取れなくなると、マグナを代理に全軍の指揮が執られるが、全体を見渡す才能がなかったマグナは、ペルティペとアリアンの軍勢に対しては後手に回ることになり、補給線を失い撤退に追い込まれそうになると、これを境に戦況は膠着する。


 エディンとの戦いに決着がつくのは次の年となった。

 これは常備軍ではなく一年限りの市民軍を基本としたティタンの政治体制と新しく導入されることになった重装歩兵戦術の相性に問題があり、戦力が安定するまでに時間が掛かったためだった。

 ディアニクスの回復と前年の倍に増員されたティタン軍によりスプリヌスは大敗して殆どの兵を失い、ディアニクスも出席する講和の席で元老と調印を交わした。

 

 華々しい凱旋式が行われ、ディアニクスはティタンの英雄となった。

 最高司令官代理の職から降りた後、傷の全快を以てルクサニへの帰還を考えていたディアニクスだが、傷口が塞がっていたのにもかかわらず再び脚が痛み出す、今度はつま先まで痛みが生じ、高熱と共に歩くこともままならず瀉血による治療が行われたが、この行為は効果がないどころか病状が悪化するだけだった。

 死を覚悟したディアニクスは、ルクサニへ何としてでも帰りたいと考えたが、暗殺の噂やルフィスと軍団兵の堕落を知ったマグナやパトロニウスによって帰還を止められることで精神的に弱ってしまう。

 

 肉体的にも精神的にも弱っていた元最高司令官代理に対して、ティタンの国民は彼の回復願い神殿に多くの捧げ物を贈り、王都に住んでいた市民は彼に挨拶をするために列を作り、セルスティヌスも彼を国賓として扱い続け、市民権だけではなく湯治で有名な地方にある自身の別荘を与える。

 共に戦った元ティタンの軍団兵達にも元老院は市民権を与え、各都市の市民に重装歩兵戦術の指導をする仕事を頼み、年金付きで定住を許可するなど多くの特例を認めた。

 この時、エディン王スプリヌスから遣わされた使節がディアニクスの許に来ては彼を褒め称えては勇気づけ、回復後は自身の宮廷に招き入れたいと多額の金を置いていき、ディアニクスだけではなく傍にいた元老をも驚かさせた。


 アースの娘でありアースノイドの守護神である女神アルペティナは、将来神々の末席を与えることとなるディアニクスの死を認めず、彼に現世での役割を全うさせるべく、彼の肉体を本来の状態に戻した。

 しかし、女神により祝福されていたことをまだ知らないディアニクスは、死に直面し、暗殺の不安もなく穏やかに暮らせるティタンから出るのを恐れたのかもしれないが、ティタン国民の優しさに触れた彼はニルギスへの帰還は機が熟すのを待つこととした。



 数ヵ月後フリニアに一つの噂が広まった。王位に就く前のセルスティヌスは見聞を広めるため諸国を回っており、ディアニクスはその時セルスティヌスがニルギスで落とした種である。という物であった。

 市民はその話を面白がったが、元老はその噂の根源は自身が僭主にならんとして、ディアニクス自身が流布させたのではないかと疑い、ディアニクスと彼が率いる一団を警戒心し始めた。


 ルクサニへの帰還がままならない以上はティタンが最も安全な場所であり、正気を取り戻したルフィス達が再び立ち上がった際には、ティタンの市民軍と共にニルギスへ向かう腹案を抱いていたディアニクスは、身の潔白を証明するためになるべく元老達と顔を会わせてはその猜疑心と誤解を解きつつ、元老院に敵と判断された場合に備えて、市民の保護が得られるように常に広場で市民に混じり談笑し、時には揉め事の解決に乗り出し信頼を集める努力をした。



  

 九七〇年、冬も終盤でようやく暖かくなり始めるかと思われた頃、夜中になると日中の陽気は消え去り、強風と共に訪れた冷え込みによって老王セルスティヌスは体調を崩し、数日後には寝台から起き上がれなくなってしまった。


 王の突然の体調不良に国民は動揺した。王の回復を願い神殿に犠牲獣が捧げられ、元老院より国民に七日間食事から肉を抜くことが告示された。

 ティタン各地にある王を模った像は、王都に行けない者達により捧げられた花冠で埋もれるが、どんなに国民が祈願しようとも王の体調が回復したとの報が届くことはなく、国民が王の死を覚悟した時、元老院より市民集会の開催が宣言された。


 市民の招集と言っても労働などで手が離せない者も多く、一族の中から一名が代表として出席する程度だろうが、王都の外にある広原、そこに集まった市民の数は二万前後と言われる。

 広原の中央に置かれた演壇に王は元老に支えられながら立つ、しかし、王はもう声を張る事が出来ず、演説は小さな声で行われ、その内容を一段低い所に控える元老と等間隔で配された衛視が復唱して市民に伝えた。


「二十八年前、王だった兄とその王子はオルケウスへ旅立った。一度に王の直系が居なくなったことを利用してパシウスの王が国を乗っ取ると懸念した元老院は、遊学という名の放浪を行っていた私を探し出して王に指名した。

 その時も国民の承認を得るために、こうして市民集会を開き、私は全市民の代表である貴方たちに向かい善き王になることを誓った。

 しかし、先の戦では皆の子供、兄弟、友を死なせてしまった。さぞ私を怨んでいる事と思う」


 誰かがそれ否定すると、皆がその声に賛同する。市民は王が後継者の指名をすると、民会の宣言がされた時から予想をしていたが、それは確信に変わった。


「市民集会による民主政、元老院による貴族政、カーナへ繋がる王による王政、徳の有る者達が司るべきという政治思想が混在しているからこそ、ティタンには階級闘争もなければ、僭主に成らんとする有力家系が先導する戦乱も経験せずに、現在まで周辺諸国の様に成らずに済んだのだ。

 しかし、息子たちは死に後継者が存在しなくなった時、ディプスの血筋が途絶えた時、この国にも空席となった王位を狙い諸君に甘い言葉を囁き、富を独占し市民の権限を奪う僭主が誕生するかも知れない、そのような不安を懐き今日まで過ごしてきた。

 しかし、安心するがいい、私は、遠い地に自らの血に列なる正当な後継者を見つけた。

 その者は友の想いを継ぎ、圧政を強いる王から民衆を解放し、戦えば必ず勝利し、戦を挑んできた国に対しては勝者の権利を振りかざすことなく、それどころか、民に政治への参加する場まで与えた。

 そして、我等はその者と数年間共に過ごし、その誠実さを知ったであろう。

 どうか、ディアニクス・ディプス・コルネルを共同統治者として、ティタン王の正式な後継者と認めてほしい」

 セルスティヌスの命により元老達と共に壇上の一段低い所に居たディアニクスは、周囲の元老に促され王の横に立った。


 ティタンにとって彼は英雄であり、先の噂もあり、市民はディアニクスをセルスティヌスの子だと信じた。

 事前に事情を知らされていた元老達は、それを信じていた分けではないのかも知れないが、ディアニクスはアンディコス体制下のニルギスには帰還できないことと、彼は現在の体制を支持し破壊する様な事はしないと考えた上での賛同であった。


 老王は自らの額に在った王の紐と指に嵌められていた王の指輪をディアニクスの額と指に嵌める。

 それを見た市民と元老は賛同の意を示し、驚いたふりをしたディアニクスは両手を天に向け、善き王になることを市民と元老院に宣言した。



 ティタン王ディアニクス。この報は瞬く間に周辺国に伝わった。

 それを知ったニルギス国民は驚いた、特に叛乱に参加しディアニクスが退役したのを自分達が見捨てられたと感じ、さらに金を受けとって堕落した我々は、ガルバとコモスを野放しにした結果、決して交わる事のない世界の者になってしまった事実に落胆すると同時に。

「彼が由緒ある王の家系の者と知っていれば、我々こそが彼をニルギスの王に揚げていたのに」と後悔した。


 しかし、後悔していたのはディアニクスも同じだった、自分の執政が恒久的なものになる前に権力を手放したせいで叛乱を起こした意味はなくなり、怪我のせいもあったが、暗殺を恐れ機会が来ると思ってティタンに留まっていたために故郷に帰還する望みは殆ど消えてしまっていた。

 その反省もあったディアニクスは王位に就くことを決断し、全く表には出さなかったために元老院の誰も気づかなかったが、いつかその力を用いてルクサニへ帰還することを望んでいた。

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