叛乱後の混乱
ディアニクスの推薦により総司令官となったルフィス、彼は自身が不在の時のために総司令官代理という職の設置を王に進言し、ライトをその職に推薦した。
ルフィスは新たに第五軍団を編制し、次に負傷やその他の理由で定員割れを起こした軍団に対して兵の補充と、第一軍団、第二軍団、第三軍団、これらの軍団長を新たに任じ、緊急時には少ない軍団兵でも砦の維持できるように、国境周辺の住民を予備役への登録をおこなわせつつ、軍団兵が駐屯できるように砦に近い集落の森を開拓させた。
ルフィスは北の砦に第一軍団と第五軍団に騎兵二百を率いて向かい、第六軍団の編成は間に合わなかったものの、第二軍団と騎兵百と第六軍団の指揮権を与えられたライトは南へ向かった。
緊急時に招集した予備役と新設される軍団を指揮する軍団長との間で指揮権が衝突しないために、友人であるクルクスとマルカを司令官に昇進させてから、第三軍団と第四軍団をそれぞれの任地である東と西の砦に向かわせた。
ニルギス王アンディコスは、ディアニクスと書簡のやり取りをし、決断の際は大神官のピウスが卜占を出して勇気付けていたこともあり、初めは懸命に政務を行っていた。
しかし、ディアニクスがティタンへと旅立ってから徐々に異変が起き始める。
暗殺だとされているが、九六六年の冬にピウスが死去、その弟で次席のティトゥス・ピウスが新たに大神官に就いたのだが、この者は前の王ウェルティコスの下僕達に買収されていた。
ディアニクスが遠くに離れたために、自分で何かを決断することが苦手な上に物事を理解する能力が低いアンディコスは、新たな大神官への依存度を高めるようになると、この新たな大神官は卜占で幽閉されているウェルティコスに相談するように出たと偽っては会談を繰り返すように促し、次第に新王は前王との仲を深めた。
ディアニクスがティタンで最高司令官代理の職に就いたことで、容易に帰還できる状態ではなくなったと判断したウェルティコスは、追放されていたプロニウス・コモスとガイウス・ガルバを呼び戻すように助言する。
前者は、かつて執政官として法案の雛型を制作しては国民を法で縛り、後者は、法務官として法の執行と裁判を指揮した。
アンディコスはコモスを自分の秘書に、ガルバを執政官に命じ、他にも政治を知る知恵者として前王の影響力がある者が呼び戻された。
『コルネリットの叛乱』時に王都の放火を止めた功績により評判が良くなっていたガルバに対しては、アンディコスが自らの執政官権限を彼に与えることを決めると、政治の安定を期待した王都の民は喝采をもって受け入れた。
コモスの秘書官就任や前王の関係者が宮廷に戻ってきたことについては、ガルバのような反響はなかったが、未熟で優柔不断な王と政治に初めて参加する親方達による混乱を目の当たりにした王都の住民は、政治経験が豊富なコモス達を素直に受け入れた。
本来は未熟なアンディコスの暴走を制する役目を期待された親方たちによる日替わりの執政官職だが、ディアニクスがティタンへ旅立ちその監視の目がなくなったことを切っ掛けにして、都市の運営よりも派閥を作り自陣への利益誘導に権力を使い始める。
一日で小麦の価格が三倍に跳ね上がったこともあった。さらに互いの利害が衝突し暴力沙汰にまで発展したことで、餓死者と疫病が発生するほどに王都は機能不全に陥った。
以前の政権ではあり得なかった事態に、王都の民はディアニクスが決めた二人制の執政官による統治が生活を混乱させた原因と考え、この改革を主導したディアニクスを恨み陰口を発するようになる。
金による懐柔ができないものは親族の誘拐などで脅し、脅しに屈しない者は殺害してその死体を隠し、殺害されたのか遠くで生きているのかどちらか判断ができないような噂を流すことで、ガルバは親方達に恐怖を植え付けることに成功、担当の親方が庁舎に来なくなったこととガルバが新設された首都長官を兼任し、食料の安定供給と娯楽を充実させることで、日替わりの執政官は有名無実となる。
参事会の解散が決まり、それに代わって執政官の任意で集められた三十名による委員会が構成されると、ガルバへの忠誠心を競うことで親方たちは団結して抵抗する機運を封じ込められてしまい、名実ともにガルバはただ一人の執政官となりその権勢を振るった。
追放者が政権を握ってからというもの、アンディコスは本来の性格なのか、唆された事によるものなのか、コモスが集めた同世代の取り巻き達と共に遊び呆けるようになる。
彼は街に出ては酒をあおり、陽気に大金を振りまき寛大な振る舞いを見せたかと思えば所構わず喧嘩や恐喝を行い、城に帰らずに娼館に入りびたるようになった。
ディアニクスが退役した上に、隣国のティタンへ赴いた理由を理解できない軍団兵は、主導者に見捨てられたと勘違いする、特に叛乱に参加した者達は目的を失い規律が緩んでいた。
軍団兵を懐柔する機会を窺っていたガルバは、ディアニクスの定めた指針を変えるために、再び軍団兵が叛乱を起こさないために軍団の給与を少しずつ引き上げ、訓練の回数を減らしては時間を持て余している所に娯楽を提供することで、我々を自分たちの勢力の引き込もうとする。
金を与えられて喜ばない者は少ない。その意図に気が付いていようと、余分な金を一度でも受け取れば放蕩に金を使うようになり、金を使う事に慣れれば幾ら金が在っても足りなくなる。
自分達が国を変え、今後もその成果を守るという使命感を持つ軍団兵であっても、金払いが良いガルバが多少不穏な行動を執っても大目に見るようになった。
さらに賭博による貸し借りによって仲間意識と部隊内の上下関係が希薄になり、酒と娼婦が陣営内に出入りすることで規律は緩み、ルフィスやライトが直接指揮する第一軍団と第二軍団でも、規律を守ろうと訓練に励む者と快楽に溺れた者による派閥が出来上がり、双方の衝突により指揮系統が混乱していた。
ガルバは軍団内の派閥争いによる指揮系統の混乱に乗じて、新兵の査定条件や訓練の緩和等を行うが、彼はまだ国境に置かれていた軍団の叛乱を警戒していた。
ルフィスたち元叛逆者の影響力を弱めるため、退職金の引き上げを行いつつ退役年齢の引き下げと自発的な退職の勧告に加えて、防衛力を高めるためと軍団兵の負担軽減と称して、随時軍団を編成することにより、ニルギス軍は最終的には十三個軍団まで増え、軍団兵は六万余にまで増えた。
この新たに編成された第六軍団以降の軍団兵は、継ぐべき土地も財産もないにもかかわらず叛乱にも加わらなかったような臆病者、偽造された紹介状を持った他国から来たと思われる者、もしくは何らかの犯罪行為をして共同体にから逃げ出した者まで入隊が許された。
ニルギスの正規軍は本来の目的を忘れた混成部隊となり、新兵の殆どが懐柔されてしまい、国の行方など気にしない者達が大勢を占めるようになる。
特に十一軍団と十二軍団に加えて王都に駐留する近衛兵は、ガルバが自らカーナより呼び寄せた傭兵で構成されており、文明国のはぐれ者で構成された従来からの傭兵軍よりも費用が安い上に雇用主に対する依存と忠誠心が高かった。
富裕層の子弟で構成されていた騎兵については、ガルバがその有効性を理解していなかったために増員ではなく、肉親が人質に取られていると考えていた父兄を懐柔するために、その数を減らす方向での改革が進められたが、スレイヴスと戦った経験を持つ子弟はこれに不満を感じていた。
街道の安全と公共事業を訓練と称して軍団が行うことで、国家は他に回す予算を増やすことができた、さらにディアニクスの改革により傭兵軍に存在した独自の罰則規定は排除されていたので、ニルギス軍に掛かる費用は傭兵と傭兵隊長へ支払っていた金額に比べれば僅かだったが、ニルギス国民の中から『コルネリットの叛乱』の英雄たちに対する評価を下げることと、ガルバ自身や有産階級の資産を増やすことを目的として、軍団の増強を理由に延期されていた新たな税制は無かったことになり、すでに施行されていたものは以前の税制に戻され、段階的に引き上げる予定だった高所得者への課税は延期された。
さらに、九六八年、王都オニキアで放火が起こり、二千名が死亡、王都の五分の一が焼け落ちた。
そもそもこれはコモスとガルバの自作自演であったとされているが、ガルバは王都の治安維持の必要性を訴え、王都の治安を維持する近衛兵の増員を決め軍団編成に変えた。
近衛軍団の選定の基準は軍団兵と同じように、自分達に都合がよい者達を選び、初めは四千名が雇われ、最終的には八千名に増員された。
そして、王に対して意見を表明することのできた民会は、元々市民に政治に参加する意識が低かったことに加えて、執政官だった親方たちの混乱を見せつけられたことで、安定した執政を行う英雄ガルバに安堵し、民会に参加する者の数は減っていた。
さらに民会の開催を訴える者は暗殺や流言により影響力を失い、多少の失策も政権擁護の流言と著名人による賞賛、食料の配布や娯楽の提供による懐柔で許され、民会は多くの民衆にとって重要な行事ではなくなり、その開催は定期的から不定期になり、次第に開かれることすらなくなった。
ティタンにいたディアニクスはそういった王都の情報を入手して、アンディコスを諭そうと書簡を送る。しかし、その書簡を読んだ青年は、叛乱が再び起きかもしれないと解釈してはコモスに泣きつき、この元追放者によりその恐怖は増長され、遂にディアニクスが叛乱を計画しているのではないかと疑いを持つようになった。
そして、コモスはディアニクスを抹殺することを提案し、それが叛乱を食い止める唯一の方法だと思い込んだアンディコスだが、彼の優柔不断な性格により暗殺は先送りされる。だが、そういった陰謀が存在しているという事実はディアニクスの許に届き、彼の心をニルギスから遠ざけるのに役立った。




