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不死王国史  作者: 近衛キイチ
コルネリットの叛乱
16/36

ニルギス平定

 独立のためになら暴力に訴えることも辞さなかった国内の勢力、自治のためになら他国の勢力と繋がり周辺の都市を危機に招くような勢力、それらを相手に勝利したアナハルドは確かに英雄であり、オニキアの神殿では神として祭られている。

 自らとカーナを同列におく神殿を生前から建てていたアナハルドは、執政官は大神官と共に神々への密儀を神殿の内部で行うと定める、二代目が権限を確立するためにこれを利用することで、以後は王位に就くために必要な儀式となり、王都を得た者がニルギスの王位を持つことと同義となっていた。


 大神官アンキナニスはウェルティコスの帰還を信じ、アンディコスが神域に入る事があれば、国に災いをもたらすとして王就任の儀式を阻み、神域に立て籠った。

 神域に籠るアンキナニスを暴力を使って無理に追い出せば、民衆が我々の敵に回る可能性が存在していた。

 無用な混乱を避けるために正式な王位就任の儀式は後にすることにして、ディアニクスはルクサニで作らせていた金糸で織られた王の衣装と王の帯、ネル城に忘れられていた古い王笏と、銀製の冠に金箔を貼り付け、その上に金細工を施すことで、ウェルティコスが持っていた王冠と笏以上に光り輝く豪華な物と衣装をアンディコスに着用させると、彼を最も有力な王位継承者に仕立てると王都に向かっている傭兵軍を討つことに決めた。

 

 しかし、我々の中にはウェルティコスの生存や王都の住民が我々に抱く敵意、国内に残存する合わせて二万を超える傭兵軍に包囲される恐怖、事態が好ましくない方向に進んでいる、そう感じていた者から王都に籠り戦うべき、という意見が多数あったのだが、我々に対しディアニクスは全軍会議を開き不安げな表情の仲間たちに言った。



「我々が包囲されると不安に思っている者がいる。たしかに、このまま王都に籠れば、傭兵の数は増えて行くだろう。

 王都に籠り防衛したとして、敵が諦めてどこに帰るというのだ、王の資産が尽きるのを待つというのか、しかし、よく考えてみたまえ、城壁が何時まで持つ、食料が何時まで持つ、我々の攻撃と放火により王都は籠るには向いていない。

 籠り続ければその間傭兵により国土は荒らされる、我々も食料を王都の住民から奪わなければならなくなる。そうなれば我々に向けられる不安は敵意に変わるだろう。

 国民の支持を得るためにも食料を得るためにも我々は動き続けなければならない。

 王が全軍を集結させるのを待つ必要もない。

 奴らが集まる前に我々の方から打って出ればよいのだ。

 三つの軍勢を個々に見れば、我々よりもその数は少ないではないか、思い出してみよ、ほんの少し前に二万を超える軍勢と戦い勝ったのは誰であるか、何故、今回は勝てないと気落ちしている、今すぐ進発をして、決着を付けようではないか」



 南の傭兵軍に逃げ込んだウェルティコスは、先の敗北と数の上から考えても、勝利を得ることは出来ないと判断して、南の地区に在る城市フロレシアに籠るかと思われたが、彼は西の砦の傭兵軍五千と合流するため北西に進路を変えた。

 北の傭兵軍を指揮するウェルティコスの母方の叔父デキムス・トリニックスはこの機会に、自らが王位に就こうと画策、傭兵達も負け続けるウェルティコスを見限ると判断した。

 予測通り、傭兵達はトリニックスに買収されると南へ向かわずに、同じく彼に買収された西の傭兵と合流するため、西の地区の北に在る城市リコティアに向かった。

 

 ディアニクスはトリニックスにも対処しなければならなかったが、それよりも他国に介入させないために、他の国に王と認められているウェルティコスを捕らえ、退位宣言書に署名させる事が先決と判断、我々は強行軍で南の傭兵軍に向かい、これを急襲して、傭兵の多くを屠り、逃げ出した者の背後を騎兵が襲い、傭兵軍を降伏させた。しかし、そこにウェルティコスの姿はなかった。

 ウェルティコスはトリニックスの叛乱を知ると、国内の軍隊で反撃する事を諦め、アルトーエス王の許へと向かっていた。

 

 リコティアに入ったトリニックスは自らを王と僭称、西の傭兵軍が到着するまでの間に、兵糧不足と裏切りの不安があったので、彼は市内にいた住民から女子供を担保に取り上げ、解放の条件として男達に食糧や投石に使う石、木材などを集めさせると、女を残して住民を全て追い出した。

 

 リコティアは丘の上に立つ小さな城市である、丘の斜面は西側と北側が急勾配になっており、立て籠もる側にとっては、東と南の方を護っていればよいので、防衛には都合がよく、攻める側には困難な地形であった。

 斥候の報告によって、ウェルティコスがアルトーエスへ逃亡したことと、北の傭兵軍よりもリコティアに早く着くのは不可能なことが判ると、ディアニクスは敢えてリコティアまでの行軍を急がなかった。

 ディアニクスはリコティア周辺の地図で会戦に適切な土地の選定を行い、正規に国に雇われることとなった我々には、軍団兵として白兵戦の演習と、即座に戦列を組み、中隊ごとに隊形を保ったまま移動する訓練を幾度も行った。


 軍団の者は何故ディアニクスはリコティアへ向かわないのか不思議に思ったが、トリニックスの資産状況を鑑みれば何時までも傭兵を雇う金があるはずもないと判断していたディアニクスは、トリニックス自身もそのことを理解し、来年にはアルトーエス王の軍勢を借りて戻って来るとウィルティコスに対する優位性を示すために、冬が来る前に我々を打ち砕き王都に入らなければならないと考えた。


 我々の多くが、ディアニクスの考えがどうであろうと、彼を信じていたので、その命令通りに行動していた。

 しかし、我々と共に居たアンディコスはディアニクスの言を信用できず。トリニックスと共同で王位に就くとか、トリニックスにニルギスの西と北の統治権を与えるので和平を結べないのか。などと何度も提案を行いその都度ディアニクスの説得により直ぐに態度を変えた。

 

 そして、ディアニクスの予想通り、北の傭兵軍と合流したトリニックスは、リコティアを捨てて我々の許に向かってきた。

 トリニックスの置かれた状況は、ディアニクスが予想していたよりも危ういもので、やはり彼は大量の傭兵を雇い続けるための金をほとんど持っておらず、直ぐに王都を占拠しなければ、自身が傭兵達に殺される危険があったのだ。

 それに、ウェルティコスが負けたのは主力である傭兵軍の数が足りなかっただけだと思い込み、自身は一万二千を超える手勢を持つトリニックスは、七千足らずの我々に勝てると考えていた。

 

 陣営を畳み所定の荒野まで後退する我々を追うトリニックスは、それを追撃しているかのような感覚に陥り勝利を確信したという。

 しかし、荒野まで来たトリニックスが見たのは、行軍しながら戦列を整え反転して突撃する我々の姿であった。


 戦闘歌を歌いながら迫って来る我々を見たトリニックスは、慌てて傭兵達に戦列を組ませる。

 敵の最強部隊が右翼に置かれている事を確認したディアニクスは、右翼の軽装歩兵を左翼に移動させ偽装退却を命じた。

 重装歩兵の攻撃に敵の左翼は持ち堪える事ができずに敗走に追いやられるが、敵の右翼は軽装歩兵が後退するのでその事に気付かずに進撃を続け、その間に重装歩兵が敵右翼の側面と背後に回り込み、それを見計らってから軽装歩兵は偽装退却を止め進撃を開始した。


 我々は敵を押し潰す様に殲滅し、傭兵軍一万二千の内、傭兵五千が戦闘中に、追撃戦にて二千が死亡、その後、逃亡したトリニックスを含めて一千を捕らえる、そして、ニルギス国民と証明できない者は先の宣言通り処刑した。


 ディアニクスは全軍を二つに分け、もう一方をルフィスに任せた。国内にまだいる傭兵軍の残党を一掃するのと、未だにアンディコスの王位就任に祝詞を伝える使いを送らず、態度を表明していない各都市の有力者に向かうとの宣言を行ってからの行軍であった。

 ディアニクスの宣言に驚いた有力者達は、慌てて祝詞と多額の祝金を持って、我々の許に現れ従順を誓い、ディアニクスは彼らの子弟を騎兵として徴兵する。


 

 十月、我々が王都に帰還するのを知ったアンキナニスは絶望して、神殿の中で服毒自殺しており、新たに大神官に就いたのは神官団の副長メルキウス・ピウスで、彼はウェルティコスの廃位を神々に報告、アンディコスの王位を認め神殿の内部にて秘密の儀式と公の場での調印式が行われると、この青年とも少年ともいえない優柔不断な子供は王と成った。


 新しいニルギス王は、自身の王就任と同盟の更新を求める使節を各国に送る。

 次に、アンディコスは予めディアニクスと約束していた幾つかを『アンディコスの宣言』として国内に布告した。


『叛乱に参加した者の罪を問わない。

 叛乱に参加した者を正規軍として雇用する。

 ディアニクス・コルネルに、総司令官職、近衛隊長、執政官、これらの職を命じる。

 各地に残留する傭兵達は解散し、直ちに自分の国に退去すること、これを守らない者は極刑に処す。


 民会の再開。

 参事会の開催。

 国家の運営は王を同僚とする二人制の執政官により決められる。


 三年定住し、税金として六十スフィアを納めている者に住民票を与え自由民とする。

 土地を持たない子弟のために、全ての都市は市域内にある王の森の一割を開墾することを認める。


 非世襲の新人を親方とすることを認める。

 弟子を採るさい出身地を理由として断ることを禁じる。

 遍歴に出ていない者は弟子を取ることを禁じる。


 都市長官による私刑を廃止。

 裁判は組合の代表を裁判官とする。

 判決は組合員から選ばれた三十名の陪審員による合議で決める。

 すべての国民は都市長官により二度目の判決を求めることができる。

 すべての国民は王により三度目の判決を求めることができる。


 均等割税の引き下げ。

 居留民税と通行税の引き下げ。

 小麦や豆など生活の基本になる食糧に課せられている税の引き下げ。

 公共施設の無料解放。

 都市長官に払う相続税の廃止。

 所有する奴隷の数、年間収入の総額、土地や家屋の広さ、事業の規模、それらに比例した税の設置、さらに、それらを親族などで分割して税を逃れる者への罰則規定を設ける。


 種子の代金として、農民から土地やその身内を奪うことを禁じる。

 貸付に由る収入は非課税とする。

 貸付を行うためには組合に入り、市民の前で宣言しなければならない。これを行わずに金貸しを行った場合は二ヶ月の拘束と八百セナリウスの罰金を訴訟件数に応じて乗算する。


 神官団は、小麦や粘土で作られた像の受け取りを拒否してはならい。

 神官団は、旅行者に対して、一食分の食事と寝床を提供しなければならい。

 神官団は、神殿の境内に捨てられる子供を養育し、売り払ってはならない。

 奴隷購入金額の一割五分を購入した土地の神官団に支払う。

 瀕死状態の奴隷が神殿の境内に置き去りにされていた場合、この奴隷の身分を自由民とする。

 ゴミ捨て場に生きた子供を捨てることを禁じる。』

 

 

 王による指名と民会の賛成で総司令官職と執政官職を兼務したディアニクスは、すでに行われていたことであるが、正規軍となった我々から軍団を編制した。

 最少単位は十名前後で構成される十人隊とし、一個小隊は四個の十人隊からなり、一個中隊は二個小隊、一個大隊は三個中隊で構成され、一個軍団は重装歩兵十個大隊、軽装兵六個大隊、軽装兵四個大隊で編制された。


 軍団は王都に来ていた志願者を入れて四個軍団が編制される。

 それぞれの軍団の長は、第一軍団にデキムス・ルフィス、第二軍団にはティトゥス・ライト、第三軍団バティリウス・マグナ、第四軍団ビブルス・マルカが就けられた。

 予備兵力でもある親衛隊は、総司令官に一千が就き、軍団長にもそれぞれ五百名が就けられた。

 有力者の子弟を召集して編制された騎兵約八百は、総司令官の采配により軍団に適時配備され、その指揮官にはガイウス・クルクスが就いた。


 軍団兵の装備も統一化された。

 重装歩兵の装備は、兜、胴甲、脛当て、裏底には滑り止めのために鋲が打ち込まれている軍靴、槍と円盾、突撃してきた敵の戦列を崩すために使う投槍を持った。

 軽装歩兵は、防具に兜と小型の楯を、武器には槍と投槍を持った。

 軽装兵は、弓矢か投石紐を装備した。

 騎兵は、兜、胴甲、脛当て、楕円の盾を装備し、剣と長槍を持った。


 そして、叛乱を起こした者達で作られた軍隊であることを示すために、総司令官の外套には全体を真紅に染めた物が支給され、軍団長には無地に赤色の縁取りがされた物が支給され、軍団兵の外套は無地だったが鎧の下に着込む短衣の袖が赤く染められた。


 税を引き下げによりニルギスの農民の最低年収が二百セナリウスとなることから、新兵の日当を待機時が一セナリウス、出撃時を二セナリウスと定めた。

 死亡率が高く、さらに、勇敢である事が求められた小隊長は一千五百セナリウス、中隊長を兼務する首席小隊長には二千セナリウス。

 軍団長は二千セナリウスから二千五百セナリウス

 総司令官は四千セナリウスとなったが、ディアニクス自身はコルネルの財産があるので給料を受け取らなかった。


 軍団兵が規律正しく行動できるように、夜が明けてから太陽が一番高くなるまでを三等分、そこから太陽が沈むまでを三等分、夜が明けるまでを六等分し、その計測には日中は日時計を主に使い、夜間は水時計や火時計を使い、訓練や夜警の時間を決めた。


 食糧は十日から十四日毎に無料で配給され、酒は特別な時以外は禁じられたが、主食の小麦は王都の市民よりも十二分に与えられ、野菜や凝乳を基本に交互に肉や魚が配られており、一つの職業として自信が持てる様に気を配った。


 そして、死傷した兵士に対する補償と遺族のために軍団に所属していた年数に応じた年金の額を定めた。さらに退役年齢を四十歳とし、退役後は四十八歳まで予備役への登録と一括して一年分の給料に加えて、相続不可能だが王の森の開拓した土地が与えられることになった。

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