オニキア陥落
王都に戻ったニルギス王ウェルティコスは、手持ちの兵が一千のみと不安があり、国境の砦や都市に駐屯させていた傭兵に再び集結を命じ、それ等が王都に到着する当面の間防衛のためにと、奴隷や牢に閉じ込められ裁判を待っていた犯罪者までも金と解放を条件にして忠誠を求め、王都の住民に対しては、叛乱者を防壁の中に入れれば虐殺と破壊を思うままにされると、我々に対する偽りの情報を放って恐怖を煽り王都の護りに就かせた。
我々は、逃げ出した傭兵が盗賊になるのを防ぐため、それらを探索しながら行軍を続け、リコニスを包囲する。
リコニスの傭兵はすでに我々に敗北しおり、その防衛に就く者はほとんど存在せずに、街の中は我々に対する恐怖で混乱に陥っていたが、ディアニクスは補給のために市場での買い出しを望んでいたのが解ると、リコニスの住民代表は市内のでの買い付けは拒否するが、市門の外で市場を開く事を認めた。
リコニスで食糧の補給を終わらせた我々の許に、王の敗北を知った多くの者が戦列に加わり、同志の総数は七千にまで増えたが、それ以上は兵糧や装備が足りなくなるとして、特別な技術を持った者以外には事情を説明し、金を握らせて我々の戦果を広めるように言って帰した。
重装歩兵部隊の指揮を任されていたバティリウス・マグナが、時間を掛けて我々の許に来てくれた者を単に帰すよりも、彼らを輜重部隊として各地に放つ方が、自分達から戦闘員を割くよりも、効率よく集団を運用できるのではないかと提案した。
しかし、ディアニクスはマグナに言い聞かせた。
「我々の名を騙り、略奪し無法を行う者。自分が正しいと思い込み、それに異を唱える者は全て敵と判断する者。
そういう者が我々の仲間だとか、我々の命を受けているとか、噂にでもなれば、民衆に与える影響は予測もできないような不幸な事態を引き起こす」
ディアニクスはこのように考えて志願者を送り返していたが、これに対して不満を感じる者は多く、この不満が我々への敵対に繋がらなかったのは、戦列を離れたブルクの許にそういった勇気ある者が集まり、彼と共にニルギスの東部で行動する機会が与えられたからだった。
我々は王都の周辺に広がる牧草地帯に陣営と攻城戦の準備をしつつ、ディアニクスは市壁の前まで行きその護りに付いている王都の住民に向け語った。
「我々は考える。王が市民から与えられていた本来の権限から外れた行為を行えば、それは罰せられるべきであると。
ウェルティコスは、傭兵という犯罪者と変わり無い者達に高い給料を払い、民衆から略奪する事を許している。
そして、生活の向上に使われるべき税を、自らの虚栄心と保身のために使い、我々に貧困を強要している。
我々が要求するのはウェルティコスの退位、そして、これまでの行いに対する罰を下すことだ。
私、ディアニクス・コルネルはアルペティナに誓って、傭兵のように諸君の財産を奪う事もなければ、王のように他者の生命を軽んじる行為はしない。
しかし、王に協力して我々と敵対する者は、王と共に排除する」
宣言を終えた我々は、住民達の気持の整理が出来るまでの間、周囲の森から木を切り、技師の指導の下、大型の投石機、破城槌、破城鉤、攻城櫓など攻城兵器を次々と制作して市壁の前に並べ、城には脱出用の地下通路が存在するはずとして、その出口を探しに周囲の森を探索した。
王に同調して籠城を高らかに叫んでいた王都の住民は、瞬く間に出来上がる攻城兵器を見ている内に、このような物を使う者達と戦うのかと恐ろしく感じると、王に叛乱者と話し合い和解するべきではないかと言い始めた。
ウィルティコスは我々が傭兵に対して容赦しないのを理由にして住民の説得を試みるが、王は王都の民に対して猜疑心を持ち、無実の者を内通者として反逆罪で処刑しては、その死体を防壁の上から吊り下げ見せしめにして自らに対する信頼を失わせてしまう。
我々が王都に到着してから四日目、ウェルティコスの粛清が効果を見せていたのか、依然として住民の回答はなかったものの、防衛に就けられている住民の無気力な動きを見て、ディアニクスは住民に圧力を加えるために、攻城兵器を動かし、南の防壁の一部とノバノスの門を破壊させその威力を見せ付けた。
「明日からは、燃えた木炭と熱した油を市内に向けて放つ」
そうディアニクスが宣言すると、攻城兵器の威力に恐怖した王都の住民達は、密かに自分達の代表としてマルティウス・ネルバを彼の許に送り会談を求めた。
王都の民の一番の不安は、王都に進攻した我々が略奪や暴行を行うことであり、王都に進攻した場合には食糧の提供は約束するが、ネル城の攻城戦には住民は参加せず、住居には指揮官以外は泊めず、兵士は広場や市壁の外に設営してほしいと頼んだ。
ディアニクスとネルバの会談を知って、もはや自分に味方する住民は存在しないと悟ったウェルティコスは、国境の傭兵軍が到着するまでの間ネル城に籠ることを決断、密かに傭兵に命じて王都の穀物庫から食糧を城に移動させると深夜を火を放ち城に入った。
王都の中で立ち上る煙と住民の悲鳴に気付いた法務官のガイウス・ガルバは、王の行いを知らず防衛に残されていた全ての兵士を使い鎮火に当たったために、市壁と我々の監視を疎かにしてしまう。
我々は内通者の手引きにより市壁を越えると、重装歩兵のみに装備を着けて陣営の護りを固めると市門を開け消火を手伝った。
ガルバの対応と我々の行動により、深夜から起きた火事は昼過ぎには収束した。
英雄的なガルバの行いは、優遇されていた王都の民すら好意的に見られていなかったこの法務官の印象を良くしたばかりか、彼を国王派ではないと見なすという明らかな勘違いをさせ、彼もこれを理解していたのか、表面上はディアニクスの意に従った。
残された傭兵を指揮する砦の司令官に陰謀の噂があり、王の要請に素直に応じる可能性は低いと判断していたので、ディアニクスがネル城の攻略に使えると考えていた日数は、おおよそ二十日と想定しており、直ちに王都の外に置いていた攻城兵器を解体すると、それを王都の中に入れ再び組み立てた。
王都に入って当日から、我々は昼夜を問わずの猛攻を仕掛け、ウェルティコスも少ない数の傭兵も援軍の報に勇気付けられ抵抗を続けたが、戦闘員の数が多い我々は、鉱山技師で新しく同志になったばかりのランビウス・ティティロの指揮の下、四日後には第一の防壁の下まで坑道を掘り、基礎部分を破壊して壁の一部を倒壊させ、王を第二の防壁まで後退させた。
城の内部に進攻した我々は、白兵戦の末ネル城を陥落させると、王の臣下達を捕らえたが、ウェルティコスの姿は何所にも見当たらず、執政官プロニウス・コモスを尋問すると、王は地下水路から王都の外に脱出していると分かる。
地下水路の出口は、王都から山一つ越えた所、王の森の中にある滝の裏に繋がっていた。ビブルス・マルカはその近くの村で、王らしき人物を含む五名に馬と食糧を売ったという宿を見つけたが、既にその者達は五日前に発っており、その話を聞いたマルカは追跡を諦めてオニキアに戻った。
一方、ディアニクスは王に近かった有力者を追放、傭兵となった犯罪者は再び牢へ戻し、奴隷は今後我々に剣を向けない事を宣誓させてから解放した。
そして、ウェルティコスの異母兄弟で、塔の最上階に幽閉されていた、十七歳の少年アンディコスを王位に就けるため救出、彼と幾つかの契約を交わし、表舞台に連れ出した。