叛乱の開始
ルクサニで叛乱が起きたとの報がランバルトが待機する東の砦に届くのは七日、王都オニキアまでは十日掛かる。
王ウィルティコスがルクサニの叛乱を知るよりも前に、コルネリットは王に向けて叛乱に至った経緯の説明と弁明を行うことで、王は叛乱の目的がランバルトのへ復讐だけを目的としていると判断、ランバルトの指揮する兵の数は少なく大きな戦いにならないと思い込み、王自身も彼に対する苛立ちや親族殺しの汚名を回避するために、ランバルトに明確な司令を出さず、幽閉していた異母兄弟のアンディコスをその後任に充てることまで決めた。
監視に派遣されていた三百の傭兵が降されたことを知ったランバルトだが、彼自身が戦いに対して消極的だったことに加えて、コルネル家に対する失敗を王から咎められていたために積極的な行動に出ることができなかった。
さらに彼はルクサニを逃げ出した人々による誇張された噂を信じてしまい、手持ちの九百では心許ないとして王から正式な司令が届くまで叛乱に対する話すら聞こうとはず、王から出された募兵の許可を受け取るまでの三十日以上を無駄にした上に、ルクサニの街が要塞化していることを知ると三千余が集まるまで行軍を開始しなかった。
行軍を開始した三千余の傭兵と徴兵されたニルギス国民だが、ディアニクスによる食料の買い取りが進んでいたために、秋の収穫時までは余剰はないと食糧提供を断った村が多数あり、集まっていた酒保は食料を調達できずにいた。
それに納得しなかった傭兵たちは暴走し、周辺の集落を襲ってはあらゆる物を略奪して回り、ランバルトも隊長達に対して借金や給料の肩代わり等の負い目があったためにこの行為を許してしまい、最終的にはルクサニのある西へは向かわずに北に在る街アカイアに向かっていた。
市域内の各所に隠されていた炭や銅や革がルクサニに運び込まれる。
簡易的だった街の護りは強化されると共に、移り住んでいた職人により槍や矢などの武器に盾や胴甲などの防具が製造され、荷馬車や見世物の際に使うと偽って集めた馬百頭を騎馬として我々は武装した。
叛乱に参加した者達は傭兵を強襲しただけだったのだが、ルクサニから逃げ出した者が、傭兵は会戦により全滅したと噂を流したことで、希望を持った大勢の若者が叛乱に参加することになる。
噂を信じてやってきた者達は武装することにより気が大きくなっており、ルクサニ全体が急進的な考えを持つ者達に乗っ取られそうになる。
ルフィスを中心とした自警団により、先を急ぐ武装集団の内部対立は抑えられたが、コルネリットはこの件に動揺して王都や略奪をするランバルト達に向かうとは言わずに、殺しに慣れている傭兵達と戦えるよう、ルフィスやマグナに加えてブルク等の下で訓練を行うのを優先させた。
直ぐに叛乱が終わると思っていたリコニスの都市長官は動きの悪いランバルトを非難するが、我々を恐れていたランバルトに無視され続けることに腹を立てて、自身の権限で許されていた募兵が終わるのも待ちきれずに配下の兵六百と徴兵したリコニスの住民六百を率いて進発した。
コルネリットとディアニクスはまだ我々の重装歩兵戦術の訓練どころか、生命を奪う覚悟が十分ではないと考えていたのだが、不満を持つ者の声をかき消す必要性に加えて、今回も叛乱は失敗すると思っている他のニルギス国民に対して何らかの成果を出さなければならい時期と考えており、叛乱の中心となる者達を集め戦いを挑むことを決める。
そう決めると我々はルクサニから出て、リコニスから最短経路に在る街道沿の森の中に潜んだ。
敵の斥候を茂みの中におびき寄せ、馬が思うように行動できなくなるのを見計らい、隠れていた者達が縄や長槍を使い騎兵を騎馬から引きずり降ろして屠り、街道沿いに隠れていた者達が傭兵達の両側面に矢玉や投石を行う。
突然の攻撃に驚いた傭兵の多くが逃げ出し、反撃を試みて我々に向かてきた者は、隊伍を組み完全武装した我々の不完全な楯の壁に驚き、士気の低い傭兵の多くは逃げ出し、コルネリット率いる騎兵はリコニスの長官を捕らえ、再集結を試みた傭兵達に奇襲を加えてその意志を打ち砕いた。
傭兵たちの貧弱さに気を良くし勝利に浮かれた者たちは、王都に向かいニルギス王ウェルティコスに挑むべきとコルネリットに求めるが、ディアニクスはまだ叛乱に参加する者が少なく、このまま王都に向かっても潰滅するのは自分達であるとして同意しなかった。
戦いの勝利に対する酔いが醒めるまで十数日の間、先を急ぐ連中により無意味な議論が幾度も行われ、不満分子の扇動により脱走する者が現れるが、競技会と訓練に集中することで団結力を保つことができた。
そして、ディアニクスはオニキアへ向かう代わりの案として、ランバルトの指揮する傭兵軍に無防備な集落が焼き払われているという事実を知らせる。
アカイアへの行軍の途中、傭兵により略奪や家族を殺されるなどして森をさ迷っていた者達を保護することで我々はその数を増やした。
叛乱に参加する者の数は五千余となるが、いくら数が多くなったからといっても、まだまだ経験不足な我々は正面から交戦するようなことはせず、アカイアに入ることができなかったランバルトと傭兵が無意味な回り道をしていることを知ると、彼らが道案内無しには正しい道を通ることは出来ないと判断する。
コルネリットは道案内をさせられていた者を説得して仲間に引き入れることで傭兵に同じ道を幾度も進軍させてはその体力と気力を奪い、ディアニクスはその間に倒木の位置や森の木々を切り倒しては道を塞ぎ、目印となっていた石壁や塚を隠すことでランバルトとその配下の傭兵達を森の奥深くに誘導させることに成功した。
大軍が通るにはそれなりの道幅が必要になる、他国から攻め入った敵や集落を孤立させるために複雑に造られた道にランバルトと傭兵達が迷う破目となる。
食料よりも優先して略奪した品々が行軍を阻害し、食糧不足からくる飢えと闇夜の恐怖から争い罵り反目し合う傭兵達は油断して歩哨も立てずに野営を行うまでになり、さらに傭兵たちの逃亡に触発されて徴兵されたニルギス国民の逃亡も相次ぎ、その数は二千を下回るまでになっていた。
斥候により傭兵の無気力を確認した我々は、その日の内に夜襲を仕掛けることとした。
傭兵達の寝ている天幕に火を放ち、眠っていた傭兵の多くが天幕の下敷きになって大火傷を負い、異常に気付き咄嗟に起き上がった者もその多くが慌てていたために鎧を着る間も剣を持つ間も無く殺され、陣営から逃げ出した者もその背後を襲われる。
傭兵の数百余が降伏し一千余が死んだ。死んだ者の内、百名が煙を吸って死に、三百名が焼け落ちた天幕や荷物の下敷きになりそのまま焼け死んでいた。
我々の仲間も十四名が死亡、その多くが略奪をしようと単独で行動した者達であったのだが、この戦いで叛乱の旗手であるコルネリットを失うという大きな失敗をしてしまった。
夜が明け逃げ出した傭兵達を探していたコルネリットは敵の騎兵十二騎を発見、そして、その中にコルネリアの仇であるランバルトを確認した。
不慣れな土地だった上に疲れ果てていた敵は川に行く手を阻まれて上流に向かう所をコルネリットに追いつかれる。
焦った数名が川の中に入り逃げようとしたが、動きが遅くなっている所を殺され、川岸に留まったランバルトは降伏するが、コルネリットは仇との一騎討ちを望み、勝利した時は見逃すことを条件に出されると、助かりたい一心の傭兵たちからの脅迫により彼は勝負を受ける。
長槍と楕円形の盾を持った両者は、双方の騎兵が見守る中、雄叫びを上げると駆け出した。
勝負は一突きで決する。双方とも体に槍が突き刺さり落馬、ランバルトは槍が胸部を貫き死亡。コルネリットは立ち上がり勝利を叫ぶが、肩に突き刺さった槍が落馬の際に肉を削り取り、肩から溢れる血は止まらず、応急処置で傷口が焼かれた。
血を失い顔面蒼白となりながらも切り取った仇の首を持って何とか友の許に帰り着いたコルネリット、彼は倒れ込みながらもその場に居た同志達を集める、本来ならば神官や役人が立ち合い承認を得なければならなかったが、彼はディアニクスにコルネルの家名を譲り、叛乱の成功とコルネリアの葬儀を正式に行うことを全員に誓わせると息絶えた。