葬儀
コルネリットが王と結んだ契約により国内外を自由に移動することができたディアニクス、彼は葬儀のためと偽り食料と物資の買い取りを理由にして旅に出る。
その目的は王都や主要都市および砦までの路を記録するため、傭兵たちに食料が奪われるのを防ぐため、そのために種子代を払いコルネルへ優先的な食料の供給を約束させ、有力者と市民の懐柔と共に余剰分が砦に備蓄されるのを防ぐために行く先々で豪勢な食事を振る舞い、その人脈を使って鉱山から産出された資源をルクサニへ送った。
コルネリットは葬儀の会場と劇場の建設、市門の建設、作業員として増える住民のために集合住宅の建設、神殿の屋根の張替、石畳の張替、様々な理由を付けては物資を蓄え、余剰分は街や市域内の農村部に集め金属製の農具や役場の屋根に変えると偽り備蓄し、各農村に職人の居住区を作りいつでも武器の大量生産が可能な状態にした。
行く先々で傭兵や盗賊になる様な無法者を除き、自身の村や町に留まり続け、僅かな土地しか持たない親を助ける者や借金に苦しむ者に対して、ディアニクスは都市長官に知られるのを防ぐために代理を通じて彼らの借金を肩代わりし、職を求める者には葬儀のためにおこなわれる工事の作業員としてルクサニへ招待し、コルネリットはルクサニに留まり街に遣って来た彼らの衣食住を保障しつつ、葬儀と有力者の懐柔に専念した。
バティリウス・マグナはディアニクスが各地を回っている際に出会った青年である、彼は元傭兵の父が率いる旅芸人の一団に所属し、特技として殺傷能力のない刀剣を自在に操り金を稼いでいたが、農村にも都市にも所属していないことから無法者と同じ扱いを受けていた。
彼自身に教養と呼べるようなものはなく、ウィルティコスの治世に対する不満そのものも希薄で、どちらかといえば自分達を差別する定住者に対して不信感を持っていた。ディアニクスに出会う事がなければ叛乱に参加することもなく、一生を旅芸人仲間と共に過ごして終わるはずだったが、ディアニクスに心酔した彼は叛乱というよりも、友の夢を叶えるために一団を抜け出した。
葬儀のために増えて行く若者にルクサニの住民は不安を憶えるが、多くの住民が妹の棺に詰め込まれた氷を自ら入れ換え、ゆっくりと腐敗してゆくその額に口づけするコルネリットを目撃しては涙を流し、ディアニクスにより送られてくる者達の誠実さにより、コルネル家に向けられていた軽蔑と失望の眼差しは徐々に消え、街全体が葬儀の成功を願い一体となった。
一年と数か月後、コルネリアの葬儀と共にランバルトに殺された者達の葬儀が始まる。
街の景観は様変わりし、建物の屋根から外壁から道まで色採りの石に置き換えられる。
広場から伸びる四つの大通りには様々な出店が無料の食事を提供し、技師が作った仕掛け入りの銅像が酒を提供する。
突然道に道化師が現れ人々を驚かせ、様々な姿に仮装した人々が通りを歩き、その中でニルギス王とランバルトに似た仮装した者達は顔を赤く塗り神々に仮装した者達の襲撃を受けて膝を折る。
街中の空き地や壁の外には大きな劇場が造られ、アース神話を題材にした物語、ニルギスが繁栄していた共和政時代の英雄たちの物語、コルネリアを題材にした物語、幾つもの演劇が披露され、そられの物語は死者に対する哀悼と裏切りや傲慢に対する制裁が強調された。
教養も予備知識もなく討論もせずに理解と共感を得られるそれらは、バールジャーの時代ならば文化的な後退を示すものとして演じられることはなかったが、敬遠されていただけに観た者の心を掴むのは容易だったようで、街の住民は当然の事だが、観劇した周辺住民や作業員として遠くから来た者の中にはニルギス王やランバルトに対する憎悪の念が生まれ、生前の姿を知らない者達もコルネリアを身近に感じ、彼女の死を悲しんだ。
葬儀の準備に一年以上の時間を掛けている事に対して、ルクサニ住民の感情についてウィルティコスは何も知らなかった。何故かといえば、ウィルティコスの怠慢や小さな街に対する興味が続かなかった所為でもあるが、絵画でしか姪の姿を知らないはずのコルネリットが手紙や様々な理由を付けては高価な品物を彼女に贈り、王自身も贈物送られて気を良くしていたので、幾つかの不審な情報が入っても気にすることはなく、さらに執政官のプロニウス・コモスや影響力が低い法務官のガイウス・ガルバなどの臣下連中も賄賂を受け取っていたので、彼らはルクサニがコルネルに支配されている限りは安全だと思い込んでいたのだった。
リコニスの都市長官に対してもコルネリットは賄賂と手紙を出し続けては彼らを懐柔し、同じく懐柔されたコモスも街の監視に三百の傭兵と官吏を派遣するが、傭兵連中はルクサニに到着すると直ぐに買収されて任務を怠り、コモスもコルネリットの手紙を読むだけで満足すると派遣された隊長の報告を聞くこともしなかった。
六日目の朝、石造りの火葬場が二十五ヶ所組まれ、その中に薪の束が積み上げられる。
コルネリットの先導の許でコルネリアの棺が屋敷から担ぎ運び出される、その後に付き従うのは、涙に顔を濡らす使用人と街の周辺から来た被庇護者達、次々と犠牲者達の棺が参列者の間を通り広場に向かう、参列者は彼らを見送るとその後に続く。
すすり泣く声、悲痛な詩の合唱、街中の塔から響く鐘の音、生前のコルネリアを模した銅像、街全体が暗く悲しみに沈んでゆく。
興味本位でルクサニに来た者達やディアニクスにより庇護民となった者は、観劇によりコルネル家の功績とコルネリアの死の原因を理解し、街の住民と共に悲しみながら、積み上げられた薪の上に棺が置かれるのを見守る。
積み上げられた薪の横に造られた演壇の上に立ったコルネリット、彼は集まった参列者に向かい言う。
「貴方は家族のために労働に励み、今日も家族の待つ家に帰るはずだった。
彼女はいつもと同じように買物に出かけ、いつもと同じように夕食を作り夫の帰りを待つはずだった。
青年は希望に目を輝かせながら師匠の許に向かい、修行に励むはずだった。
少女は兄を迎えに偶然あの場所に居ただけだった。
毎朝慌しく身支度をするあの声が聞こえない、昨日まで続いて来たのだから明日も変わらない朝が来ると思っていたのに、今は何も聞こえない。
誰でもいつかは死ぬ、しかし寝台の上に横たわり家族に見守られながら最後の時を迎えるはずだった。
空の下、冷たい石畳の上では決してない。
彼らの願いは何の前触れもなく突然潰えた。
何故彼らは死に追い込まれた。
この胸を引き裂くような心の痛みはなんだ。
何故我々はこのような悲しみに包まれながら生きて行かなければならない、誰がこのような結果を望んだというのだ。
妹コルネリアもいつかは誰かのものとなり家を出て行く時がきたであろう、しかし、このような別れなど私も彼女も誰も望んではいなかった。
我々が何をした、あの野蛮な獣がこの街に来てしまった所為ではないか。
我々はあの男を街に招待した覚えなどない。
では誰が奴をこの街によこした、この災いの根源は一体誰だ、コルネル家の家長である私を差し置いてその権限を使った者は誰だ。
我々の平和を乱したこの犯罪の主犯は誰だ。首謀者は誰だ。
我らアースノイドの守護神アルペティナは、アフラティナの味方を装い復讐を果たした、神々ですら報復と憎しみを懐き殺し合いをしているのに、我々がそれを真似て何が悪い、かつての英雄たちは由緒ある王を斃しこの国を築いたのではないのか。
たかが四世代しか経っていないオニキアの王などに何故家長権が与えられている。
奴は家長権の使い方を誤った、間違いを起こしてもその権限が制約される事もなく、その責任を問うにはどうすればいい。
我々が王に直接抗議するしかない、しかし私だけでは無力だ、この街の住民だけでは足りない、ではどうすればいい、我々は孤立しているのか、違う、今回起きた犯罪は毎日のように起きている。
家令や臣下など当てになりはしない、王都の民も飼い馴らされ堕落している。
誰が王を咎め諫める。間違いに気付いている我々国民しかいないではないか
声を上げるだけでは彼らの耳には届かない、我々が立ち上がらなければ何も変わらない、胸に不満を抱え、この陰鬱な国に家族を残して安らかに死ねる者はいるか、我々は子孫のために、我々自身のために、立ち上がらなければならないのではないか」
この日のためにアルペニアの大神殿から取り寄せた聖火がコルネリア等の棺を載せた薪に移される。炎は高く燃え上がり煙突から煙が空に舞う、火葬場を囲む遺族達は泣き崩れ、悲しみの余り炎の中に飛び込もうとする者までいたが、一年と少し前までは存在した蜂起への情熱が消え冷静さを取り戻していた参列者は沈黙し、燃え上がる炎を見守るだけだったが、この沈黙を破り誰かが叫んだ。
「何を戸惑っている、二度目も蜂起を起こそうとしたうえに、多くが賛同したこの街が許される訳がない、黙っている者は家族を王に差し出す積りなのか、もうこの街は終わりだ。
このまま呆然としていれば全ての資産を奪われ、捕らえられた家族は凌辱され奴隷に売られることが解らないか。
コルネル家に対する恩を忘れたか、心からの感謝があるならば、コルネリットと共に剣を持ち王にその剣先を向けろ、この場にいる全員が共犯者であり同罪だ。
たとえ逃げたとしても、コルネル家の後ろ盾を失った諸君にどのような希望が残されているというのだ。少し考えれば解ることではないのか」
街の住民のふがいない態度を見て叫んだのは、アルミゲル・ブルクという青年だった。
ブルクは裕福な家の生まれだったが、資産を奪おうとする都市長官により幽閉された経験を持つ、飢えと恐怖に耐えた彼は牢獄から出た後、相続により得た財産を友の借金の肩代わりに使うと姿を消し、徒党を組み悪質な金貸しの屋敷を襲うようになる。
街では英雄のように扱われていたがブルクだが、彼はコルネル派ではなかったが、今回の葬儀で何か起きると思い、数日前に仲間と共にルクサニに来ており、コルネリットに同情すると共に、コルネリットの演説の意を汲み真っ先に何をすべきか叫んだのだった。
「この命コルネルに捧げよう。
ランバルトに報復を。
王に制裁を。」
ブルクの次に声を上げたのはアカイアから彼と共に来ていた若者たちだったが、その声に呼応し『リット』と叫んだのは、参列者の中に紛れ込んでいたディアニクスやマグナ、そしてコルネルを支持する若者達だった。
本来は妹を殺されたライトの掛け声に呼応する形でディアニクス達が叫ぶはずだったが、ブルクとその仲間による扇動により、蜂起への熱が冷めていた街の者達は勇気を得ると家々から持ち寄った家具を壊して燃え盛る火の中に投げ入れることで賛同の意を示した。
蜂起が起きないか監視のために、都市長官から送られていた三百名の傭兵はコルネリットから賄賂を受け取り、王の下僕は身分の確認もせずに多くの旅行者を街に入れ、祭りが始まってからは用意された酒を素のまま飲み、昼夜問わずの宴会を連日開いては酔い潰れており、簡素な武器を持った若者たちとルクサニの住民に難なく捕らえられる。
暦九六五年、一度は収束したルクサニでの蜂起は、突発的で何の準備もされていなかった前回のような状況ではなく、コルネル家主催の葬儀にてコルネリットの宣言により再び起きる。
彼らはお互いを識別するために両腕に赤い布を巻いた。