表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

9 1935年春〜

 舞鶴要港部近郊にあるダンジョンは、壁のない開放型の、深い森の地形をしたダンジョンだ。

 このダンジョンのモンスターは、大柄なイノシシによく似た『鎧猪』と、近付くと暴れだす木『悪霊樹』。深く潜れば、小屋みたいなイノシシ『城猪』に、走り回る木『疾走樹』といったモノだ。

 悪霊樹ではない木は、年輪から判断した樹齢は数百年単位のカシ・ケヤキ・クルミ・カヤとどれも木材として一流のモノばかりで、ダンジョンの植物らしく一晩で復活する。なお悪霊樹の木材はというと、長さが足りたならば戦列艦の竜骨に使えるような立派なものだった。

 また木々の下には、クサイチゴやクマイチゴといった野苺に、ヨモギにヒメダケにフキノトウといった山菜が年中収穫可能な状態で生えていた。

 鎧猪と悪霊樹が強過ぎるため。獲得出来る資源を陸海軍共に必要としたため。この舞鶴ダンジョンの管理は陸海軍共同で行われた。それだけ魅力的なダンジョンだと思われたのだ。

 1929年初頭に行われた大規模調査により、小銃と平射歩兵砲(注釈:初期の対戦車砲)があれば探索可能なことが判明していたため、『山中報告書』が公表された1930年中期というダンジョン探索黎明期から、盛んに探索が行われた。それだけ、舞鶴ダンジョンは魅力的だった。


 確かに、立派なクルミ材はブロック経済化を猛烈に進めるイギリス・アメリカ・フランスですら高値で購入してくれたし、小銃の銃床にもなった。

 カシは大砲の台車や汽車の枕木になったし、ケヤキ・カヤは木造漁船の建材として飛ぶように売れた。

 悪霊樹材は、人魚や装甲海豚を援護するために海軍が多量に建造した『足場船』の建材として使われた。

 当然、舞鶴ダンジョンの収入は大きかった。しかし探索に小銃や平射歩兵砲を使用するため、支出も多かった。だから舞鶴ダンジョン担当の士官は考えた。


「小銃や平射歩兵砲の使用を減ずるため、肉弾戦戦闘能力を向上しよう」

「具体的には槍や斧でモンスターを倒せるようになろう」

「食事には可能な限り、倒したモンスターと採取した山菜を使おう」


 当初は鎧猪に対して銃剣突撃によって行われた肉弾戦は、やがて槍や斧を用いたものに、1934年中頃には悪霊樹にも行われるようになり。戦術が確立したこともあって、1934年末には小銃も平射歩兵砲も全く使われず、代わりに槍と斧の消費が激しくなった。


 この状況を、舞鶴ダンジョン担当の兵士へ届ける物資を管理していた舞鶴要港部は、1935年の春になって把握した。


「なにかがおかしい」


 鎧猪は角度によっては小銃弾を弾き返した。根で攻撃してくる悪霊樹に平射歩兵砲の砲弾を直撃させるのは困難だ。これらのモンスターは間違いなく強い。なのに今では、槍と斧で倒している?

 明らかな違和感を舞鶴要港部は隠さず。陸海軍の上層部へと伝えた。




 日本の陸海軍と政府は、舞鶴要港部からの訴えを元に調査をはじめ、そして驚いた。


「身体能力が上がっている!」


 1932年頃から、明らかに国民の身体能力が向上し、微妙に知力も伸びているのだ。

 これは、ダンジョンから産出する肉と、ダンジョン産肥料により増産・低価格化した米・野菜のお陰で、1食毎の栄養価が向上した面もあった。

 しかしそれだけではなかった。ダンジョン産の肉や野草を多く食べていた人はそれ以上だと、目に見えて身体能力が向上していたのだ。

 日本政府と陸海軍は気付いた。


「もうダンジョン無しではやっていけない」


 ダンジョンを探索すれば資源が手に入る。

 ダンジョンを探索すれば肥料が手に入る。

 ダンジョン産肥料があれば穀物も野菜も沢山収穫出来る。

 ダンジョン産の食材を食べれば身体能力が向上する。

 資源面だけではなく、身体能力という国防に大きく関わる要素すら、ダンジョンは強くしてくれる。


 この上、陸海軍の将官は思った。

 ダンジョン産食材を食べ続けた国民は、どこまで強く賢くなる?

 その子孫は、どこまで強く賢くなる?

 強く賢くなった子孫は、欧米人の迫害を跳ね返せるのではないか?

 恐怖であり、期待であり、希望であった。




 1935年夏頃から、日本陸海軍は政治的に動き始めた。


「徴兵制を止め、志願制に移行しよう!」

「女性志願兵も受け入れよう!」

「代価として女性にも選挙権・被選挙権を!」


 軍のお目当ては、ダンジョン産食材により強くなった男と女から生まれた『第1世代』とも呼ぶべき子供達のデータ収集。ダンジョン産食材を豊富に食べさせるために女性も兵士にして、戸籍管理と体力測定と併せることで第1世代のデータを集める。

 壮大な人体実験を、国家ぐるみで行おうと企んだのだ。


 政府は反対した。そんな非人道的なことは認められない、と。

 しかし肝心の女性が、軍への志願を呑むことでの選挙権・被選挙権の獲得に舞い上がってしまい。世論に押される形で、軍の要望を法律として通してしまった。


 これ以後、日本軍はダンジョンが人間にもたらす、身体的・精神的影響のデータを、細やかに集めるようになった。

 当初こそ人体実験的な意図から始まったこのデータ収集のお陰で、大日本帝国が後の時代を生き延びられたのだから、歴史の皮肉というモノだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ