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『ダンジョン国有化』
『ダンジョン庁発足』
『国家資格『冒険者』創設』
これらの出来事は山中五郎と桜の生活を一変させた。
西粟倉ダンジョン唯一のダンジョン警察官だった山中五郎は、そのまま『ダンジョン庁西粟倉支部』の支部長となり、国家公務員となった上で給料と権限と部下が大幅に増えた。生活は楽になり、国や県との折衝に私的な時間も使われるようになり、娘と触れ合える時間は大幅に減った。
未だ五歳の桜はダンジョンから閉め出されたが、日露戦争に従軍していたという老人が集落に開いた道場に通い詰め。一二歳で冒険者になるためにと勉学にも励み、その上で小さな畑の世話もしているので忙しい。
また、西粟倉でも貧乏な方だった山中父娘の住む集落は多くの冒険者が住むようになり、ダンジョンから産出する資源と冒険者の落とすお金でちょっとした好景気になりつつあった。
そんな冒険者の成り手は女性が多かった。まだまだ女性が大手を振って就職出来る職業が少ない中、春を売ることなく実力だけで稼げる冒険者業はたった半年で女性に大人気の職業となったのだ。
国としては『男手を取られては困る』軍の意向で、女性も冒険者になれるようにしただけなのだが。
一方国の予想を上回るほど女性が冒険者になったため、国と軍は出生率の低下を気にしていたが、海外特にアメリカへ移民していた日本人が帰ってきたり、貧乏から娼婦になる女性が激減したり、貧困層の多くが冒険者になって稼ぐようになったので、統計上の人口と出生率はむしろ増えていた。
しかし世界恐慌下の冒険者の流行は、とある問題に直面して経済力的な伸びにはあまり繋がっていなかった。
「うーん……」
食事中だというのに上の空な五郎に、桜はジトリとした視線を向ける。娘の表情に気付かず味噌汁を口にする五郎に、桜はとうとうため息をついた。
「まだ仕事のこと考えてるの?」
「ん? ……ああ、すまない」
ようやく娘の不機嫌さに気付き、五郎は謝罪する。
「どうも仕事が上手くいかなくてな」
「らしいね。道場でも噂になってたよ」
「だろうなあ」
箸とお椀を置いて、五郎はため息。
「木偶人形が問題なんでしょ?」
「そうなんだよなあ……」
木偶人形の残骸は、薪や炭として売られている。
薪も炭も農村部の貴重な現金収入源として扱われているため、木偶人形の残骸は農村部産のそれらと競合する。
「このままでは薪炭の過剰生産になることは明らかで、そうなれば農村部が困る。折角身売りする女や出稼ぎに行く男が減ったのに、これでは台無しだ」
「確かにそうよねー」
ウンウンと桜は頷く。
ダンジョンから産出する資源の多くは、農村部で生産しているものと競合する。そのため冒険者が増え資源産出量が増えても、国の礎たる農村部の稼ぎの増加には中々繋がらない、むしろ邪魔でさえあったのだ。
幸い、西粟倉ダンジョンの産出資源のうち、硬質粘液の肥料は需要を全く満たせておらず、増産する必要があるほどだ。しかし木偶人形の薪・炭は過剰生産気味になっていた。
でも、と桜は言う。
「ここのダンジョンの三層だっけ? から真砂の砂鉄と砂銀が掘れたんでしょ? だったら掘った砂鉄で刀とか斧とか作ったら良いんじゃない? そしたら炭の過剰生産も解決だよ」
「それは考えた」
五郎は言う。
「だが三層まで潜れる人材はまだまだ少なく、そんな人材が増えるのを待っている間に過剰生産になるのは間違いない。それに刀を打てる職人は軍刀に取られていないからなあ」
刀の生産は明治の廃刀令の時に廃れ、今残っている刀鍛冶は士官の軍刀を打てるだけしかいなかった。
「なら斧とか鶴嘴は打てるの?」
「野鍛冶なら打てるぞ」
「ふーん。だったら三層に潜れる人増やすしかないね」
「無茶言うな。三層まで潜れても肝心の資源を持ち帰れんぞ?」
「そこはほら。三層で砂鉄掘る組、資源を持ち帰る組、警備する組に分ければ行けるんじゃない?」
桜の意見は、五郎にとって衝撃的なものだった。
「つまり冒険者を組織として運用する訳か!」
現状では個々人にて動いている冒険者を、組織的に運用する。冒険者誕生から半年程しか経っていない今なら、冒険者の意識を少し変えるだけで可能だろう桜の案を、五郎は採用することにした。
五郎はまず、西粟倉ダンジョンに潜る探索者を『安定した稼ぎが欲しい』面々と『深部を目指したい』面々に分かれてもらった。
『安定した稼ぎが欲しい』面々は、桜の案通り『砂鉄掘り組』『運搬組』『護衛組』に分けられ、組織的に運用された。
『深部を目指したい』面々は、単独でのダンジョン攻略に限界を覚えていたこともあり、四から六人で固まってダンジョン攻略に当たるようになった。五郎が冒険者を組織運用し始めたことで、集団で攻略する、という選択肢が増えたからだ。
こうして掘られた砂鉄は、まず川の水を使って純度を高めつつ砂銀や砂金を取り出す。この作業はダンジョンに興味はあるが潜る気はない人々が行った。
高純度になった砂鉄は、西粟倉ダンジョン二層から掘られた粘土で造られたたたら場にて、木偶人形の炭を使って玉鋼と銑鉄へと製鉄された。
たたらに使う炭は赤松の炭の方が良いのだが、木偶人形の炭でも出来ないことはないので安価なそちらが使われた。また、フイゴの稼働など単純作業には水車が使われた。
こうして出来た玉鋼は、軍刀や鶴嘴に加工され。銑鉄は釘や鍋、農具特にスコップや斧に加工された。特にスコップは西粟倉ダンジョンにて砂鉄を増産するのに必須なため、大量に製造された。
西粟倉ダンジョンでも行われた『冒険者の組織化』という取り組みは、1930年末頃から同時多発的に日本各地のダンジョンにて行われた。薪炭の過剰生産は回避され、代わりにまだまだ生産量の足りない鉄や銅が増産された。
おまけで銀や金も生産量も増加し、日本国内における通貨流通量と税収も増加。世界に先駆けて、日本は大恐慌から抜け出し始めた。