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 グリニッジ標準時で1928年6月30日0時2分。地球上のあちらこちらに『化け物が潜む謎の洞窟』が出現した。

 誰が言い出したか分からないが、世界共通で『ダンジョン』と呼ばれるようになったこの洞窟は、見事に放置された。

 というのも。中の化け物『モンスター』は外に出て来ず。中に入ってモンスターを倒したところで得られる資源はたいして売れそうになく。しかし危険なものは危険なので、各国政府はコンクリートでその洞窟を埋めようとしたが何故か埋まらず。

 乾燥地に出現したダンジョンのうち、真水が得られるもののみが探索され、その他は増員された警察が封鎖、という初動がなされた。


 しかし歴史は史実通りに進み。大陸にて第二次山東出兵が行われたり、張作霖が爆殺されたり、ウォール街発の大恐慌に世界中襲われていたりときな臭さが増していた。

 そんな1930年1月1日。岡山県北部の中国山地に位置する西粟倉にて、一人の少女がため息をついていた。

「はぁ……」

「なにため息ついてるんだ、桜?」

 四歳の子供らしくなくため息をつく一人娘の桜に、山中五郎は苦笑する。娘が何を言いたいのか、なんとなく分かっているからだ。

「いやね? お父さんがダンジョン警察になってお給料増えたのは嬉しいんだけどね? お餅入りお雑煮が今日だけなのは悲しいな、って」

 未だ四歳のこの娘は性根が贅沢ものなのか、時折こうした文句を言うのだ。それを宥めるのは、父である五郎の役目だった。

「餅入りのお雑煮が食べられるだけマシだろ。去年までは大根だけだったろ?」

「……それもそっか。ごめん」

「構わんよ」

 桜は黙々とお雑煮を食べる。まずはお餅。そして大根。最後の汁を飲んでいると、桜の手が止まった。

「そうだお父さん!」

「どうした桜?」

「ダンジョンのモンスターを狩ろうよ!」

「なにをそんな急に。どうしてだ?」

 ここで叱らないあたり、五郎の親馬鹿ぶりが透けて見える。

「お父さんが管理任されてるダンジョンのモンスターって『木偶人形』と『硬質粘液』でしょ!? 木偶人形を倒して炭にして売るの!」

「いやまあそれは出来るだろうが。硬質粘液の方はどうするんだ?」

「そっちは肥料になるって指示書に書いてあったから、それを我が家の畑に使おう!」

「ふーむ」

 五郎は考える。西粟倉は雪も深く、炭も薪もいくらあっても足りない。木偶人形の残骸を売るには炭にせねば駄目だろうが、炭焼きをするには大森さん家の炭窯を借りねばならない。

 借りられない場合は、自分の家で風呂の薪にでもしよう。

「分かった。じゃあ言い出しっぺの桜は荷物持ちな」

「はいっ!」


 ということで1月2日山中五郎・桜親子は、家のすぐ隣の山中にあるダンジョンに入った。

「あったかいね」

「だなあ」

 ダンジョンは夏涼しく冬暖かい。薄暗くモンスターがいることだけは減点だが、戦うのが好きならば快適に過ごせるだろう。

 背負子を背負って木刀を持ち、二人はダンジョンを進む。

「いた」

 早速モンスターが現れた。桜よりは大きな子供くらいの大きさの、出来損ないの木の人型。木偶人形だ。

「トウッ!」

 五郎が木刀を唐竹に振るうと、その一撃で木偶人形の頭は割れ、力なく地面に転がった。

「じゃ、一体目は俺が背負うな」

「うんっ」

 背負子を下ろし、木偶人形の残骸を固定する間、桜は一丁前に周囲を警戒していた。

「じゃ、進むぞ」


 その回の戦利品は、五郎が木偶人形の残骸を三体、桜が硬質粘液の残骸を麻袋に詰めて二体。三〇分の探索にしては中々の数だ。

「で? 木偶人形の方は薪小屋に積んでおくとして。硬質粘液はどうするんだ?」

「鉤に引っ掻けて軒下に吊るして乾かすんだって」

「なるほど」

 後片付けまでやって、五郎はこの作戦の問題点に気付いた。

「木刀が痛むな」

 それに対して、桜は対策を思い付いていた。

「木偶人形の脚は硬いから、これ木刀の代わりに使えない?」

 五郎は少し考えて、答えた。

「次はそれでやってみるか」


 その日二回目のダンジョンアタックの成果は、木偶人形二体と硬質粘液四体だった。

「木偶人形の棍棒は使えるな」

「だね」

「だが、硬質粘液が思いの外場所を取るな。どうする?」

「乾く時間によるけど、軒下に吊るしつつ場所がなくなったら縁側に置くしかないかなあ?」

「まあ、出来てその程度だな。多分だが木偶人形が炭窯一杯になる前に硬質粘液で溢れるぞ?」

「そんな気はする」


 果たして硬質粘液が溢れることはなかった。一晩置けばカピカピに乾ききり、半透明の小さな板になったからだ。


 家事やご近所付き合いを済ませつつ、五郎と桜は何度もダンジョンに挑んだ。五郎の持つ畑は小さく、冬場にしなければならない仕事も少なく暇をもて余していたからだ。

 ついでに木偶人形も硬質粘液も桜の相手にすらならないことも判明したため、二人の『狩り』効率はますます上がった。

 そして1930年1月5日。炭窯を満たせる程度に木偶人形の残骸が溜まったので、木偶人形で作ったソリに木偶人形の残骸の一部を載せ。雪道を突っ切って、五郎は隣の山に炭窯を持つ大森夫妻に会いに行った。

「大森さーん」

「おお山中さん。どうした?」

「ちと木材を持ってきたんだが。これ炭にならんか?」

「どれどれ。……シラカシか? にしちゃあ人形で変に整っておるが」

「これな、ダンジョンで倒したモンスターなんだ」

「へえ! ダンジョンのモンスターかあ。何体か脚がない奴があるが、何かに使ったのか?」

「こいつら倒すための棍棒にした。中々使いやすいぞ」

「なるほどなあ。で、こいつを炭にするのはたぶん出来るぞ。ただやるのは雪解け後だなあ」

「ならそれまで溜めておくか?」

「それよりも、だ。隣の集落で薪が足りなくなりそうな家があるらしいから、そっちに売る方が良いだろう」

「炭にしなくて良いのか?」

「時間的にそうする余裕が無いだろ?」

「そうなのか」

「そうなんだよ」

 五郎は納得した。

「そこでだ。このモンスターの薪、俺に扱わせてくれないか? 一貫一〇銭でどうだ?」

「それは構わないが。幾らで売るつもりだ? 利益出るのか?」

「売るとなると薪で一貫一五銭、炭は焼いてみんと分からんが、一俵一円八〇銭ぐらいか?」

「ほーん。大森さんにも利益が出るなら構わんよ」

「っし助かる」

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