白い終わり
もううんざりだ。
この世界に、私の求めるものはない。
母親からの虐待。
前は、心をさらけ出して話せた。
一緒に隣で笑えた。
何でも話せる親友で、守ってくれる強い"お母さん"だった。
でも。
もう戻れない。
今のあの人は、"お母さん"じゃない。
ただの、母親だ。
もうあのときのように無邪気に笑えない。
お父さんが、
父親が出ていったあの日から。
あの日の前から既に"お母さん"が"ただの母親"に変わっていっていたんだ。
お母さんの乾いた笑顔に。
お母さんの押し込めた感情に。
お母さんのかぶった仮面に。
私は気付けなかった。
あの日まで。
「じゃあな。達者でな。」
その言葉を残して、"お父さん"だった父親は去って行った。
不安と絶望と、母親を残して。
そして、私の心にとどめを刺したのは、他でもない自分だった。
正確には、引き金を引いたのは自分だった。
「どうして、こうなったの?」
「どうして、お父さんは行っちゃったの?」
「どうして、どうして、どうして?」
絶え間ない私の問いは、母親の耳には届かなかった。
子育てのストレス。
父親の浮気のショック。
これからの生活の手回し。
そして、私からの問い詰め。
母親の心を壊すのには、十分だった。
「あんたが!あんたがいるからよ!」
「あんたが生まれて来なければ!」
「あんたを育てることにお父さんが疲れなければ!」
「あんたさえ!あんたさえいなければこんなことにはならなかったのよ!」
幼かった私を襲った、絶え間ない暴言と暴力の嵐。
いつしか、私は母親のストレスのはけ口になっていた。
学校以外は絶対に外出できず。
門限を少しでも過ぎたらまた殴られる。
毎日を奴隷のように過ごして。
そして、私は段々この日常に慣れていった。
前まではどうにか以前の"お母さん"に戻そうと。
戻ってもらおうとした。
前みたいに隣で笑えるように、守ってもらえるように、変わってもらおうとした。
でも無駄だって本能的にわかった。
"母親"はお母さんには戻れない。
そう悟った。
もう嫌だ。
このままだったら、
生きることも。
死ぬことも。
全部母親に潰されて終わる。
そんなのは嫌だ。
せめて、終わりだけは自分の意志で。
母親の呪縛に縛られずに終わりたい。
私は、ベランダから地面を見下ろした。
ここは五階。
外は一面の雪が降り積もっている。
この白に、吸い込まれることはできるだろうか。
これで、終わるだろうか。
私は、深い深い白に飛び込んだ。