9 明かされる事情1
一週間、先駆けて王都邸へ来いと通達してきた父は当然のことながら、儀礼用の剣が必要になると知っていた母も予め王命が下っていたに違いない。
遅れて登城した両親にどういうことだと詳細を質したかったアシェルだが、王家に連なる者として培われた経験から、粛々と立太子の式典を進め責務を果たした。
「ご立派でしたよ。王太子殿下」
親子の面会交流として最後の機会になると、国王陛下が控えの間を貸し出してくれた。
入室するなり父からそう言われたアシェルは、立太子した今、既に立場は父子ではなく臣下と王太子のそれなのだと痛感した。父の側に控える母も、双子の兄達も恭しく頭を垂れる。
その事実に胸を締めつけられる思いがしたが、アシェルは決して顔には出さなかった。
最後の機会だとしても、疾うに父は臣下として振る舞っている。最早ここが分水嶺なのだと、揺れる未練を断ち切った。
「――座ってくれ」
「恐れ入ります」
アシェルを上座に、両親と兄達が腰掛ける。
「確認したい。僕に……いや、私に、大公が手紙を寄越した時点でデリックの廃嫡と私の立太子は決まっていたのだろうか」
「左様です」
やはりそうか。つい我慢できず溜め息が溢れる。
はっと小さく息を呑んだ母が、悲痛な目を向けてきた。何かを伝えたくて、でも口にして良いものか判別できない、そんな葛藤が見て取れる表情だった。
言い辛いことなのか、それとも陛下より箝口令が敷かれているのか。重ねて尋ねても父や母を困らせてしまわないか躊躇いながら、それでもアシェルはずっと気になっていたことを訊いた。
「事が事だけに立太子を急ぐ理由は理解できるが、それでも宣旨が下って二週間は異例の早さだと思う。予め予想して準備されていなければ不可能だったものもある。例えばそう、有力貴族家の反発、それからデリックの婚約者だったご令嬢の生家」
「それは――」
「その説明はわたくしが致しましょう」
先触れもなく唐突に開けられた扉から現れたのは、先程の式典でご挨拶した王妃陛下その人だった。
「王妃様」
「ああ、どうかそのままで。折角の家族団欒に水を差す無粋な真似をしたのはわたくしなのです」
ありがとうございます、と応えて、アシェルはこの場で上座に座るべき王妃に席を譲った。
「王太子として申し分無い資質を持っていますね。これまで良く学んでくれました。礼を言います」
「恐れ入ります」
「さて――まずは最初の疑問に答えましょう。立太子を急ぐことで引き起こされる様々な弊害、それが不自然なほどなかったことについてでしたね」
王妃は語った。学園で起こったデリックの醜聞。それと同時に明らかとなった有力貴族家の跡取り達の醜聞。それがたった一人の令嬢によって引き起こされたこと。
王家はデリックを廃し、王族の身分を剥奪した。厳しい教育を施したにも関わらず、倫理観や貞操観念の崩壊を容易く受け入れ、再教育を試みるも正気に戻らないため見限られた。
臣籍降下させるが、元凶の男爵令嬢とは婚姻できない。そしてもしもを想定して、デリックには子が出来ない封紋が施された。
封紋は男爵令嬢に王家の血族を産ませないためのものであり、また不要な権力闘争を起こさせないためでもあった。将来的な権力争奪の可能性はこれで消えた。
王家が唯一の王子にそこまでするのならと、有力貴族家も追随し嫡男に封紋を施し、身分剥奪のうえ家から放逐した。
件の男爵令嬢にも同じ封紋が刻まれ、こちらはより厳しい『滅紋』が選ばれた。一度施せば卵巣が消滅するため、解除は事実上不可能という、最も重い刑罰の一つだ。これで男爵令嬢は、たとえデリックと再び密通が叶ったとしても子を望めなくなった。
あまりの事の顛末に、アシェルは絶句した。両親や兄達も同じような顔をしている。
「それは……また何とも……」
「分かってはいたけれど、わたくしもまさか本当にここまでのことを仕出かすとは思わなかったのですわ」
「え? 分かっていた?」
「ええ。あなたが生まれた日にデリックの未来は分岐したのです。本人次第ではあったのですが、予定されていた通りの未来を彼は選び取ってしまった」
ちょっと待った。待ってほしい。
それじゃまるで、王妃には未来が見えていたと言わんばかりじゃないか。
「ですからわたくしは陛下に進言したのです。デリックの教育課程に合わせて、あなたにも帝王学を学ばせるべきだと」




