7 母は狸より厄介だった
「母上、儀礼用の剣とはどういう意味でしょうか? あと正装ですが、領地で作った上質の物を持参しておりますし、ペリースも大公家のパーシアンレッドを新調しましたので――」
「あら。大公家の色は駄目よ」
「はい?」
某かの貴族家へ婿入りしていない現在は、まだ大公家三男の肩書きがあるものと思っておりましたが。
如実に伝える眼力に母は「そうですよ」と事も無げに頷いた。
「あなたはまだ大公家の三男で、わたくしの愛おしい末息子ですわ」
「ですよね。あ〜びっくりした」
ほっと安堵した直後に、「うん? 〝まだ〟?」と怪訝に思う。
「先に着替えてらっしゃい。ケイリーもご苦労様」
「ご無沙汰しておりました、奥様」
「これまであなたがアシェルの側にいてくれて本当によかったわ」
「勿体なきお言葉。光栄の至りに存じます」
「今まで立派に育ててくれてありがとう。感謝してもしきれないわ」
「いいえ。すべてはアシェル様ご自身の努力の賜物かと存じます」
話が逸れてしまった。
いくつもの疑問符を頭に浮かべたまま、母の移り気な話題に口を挟めない。割り込んでよかったことなど一度もないのだから、ここは大人しく『待て』が正解だ。
気長に、気長に……。
くっ。領地で二日置きに行われる地方官たちとの会議より忍耐力を求められる時間だなっ。
あの場は狸が多いが、目の前には――いや、何も言うまい。思ってもならない。考えただけで首が胴体とさよならしそうだ。
「あら、あなたは……」
ふと、母はアシェルの後ろに控えているセレニアの姿を認めて驚いたようだった。
「まあ、そうなのね。旦那様から伺っているわ。あなたも一月大変だったでしょう」
「とんでもないことでございます。寧ろ大変興味深い一ヶ月間でした」
「あら、まあ。ふふふっ」
「母上? セレニアをご存じだったのですか?」
「いいえ。初対面よ」
「はい?」
「ふふっ」
「母上?」
ころころと少女のように笑っている。
駄目だ。こうなったら対話など成立しない。無為に過ごすのは時間が勿体ないな。よし、ここはさっさとお暇しよう。
「では母上。夕食まで休むことにしますね」
「ええ、そうなさい。彼女は借りるわね」
「セレニアですか? 構いませんよ。セレニア。母上のお相手をするように」
「畏まりました」
美しい一礼を返すセレニアに頷くと、アシェルは王都邸のメイドに案内されながら、後に続くケイリーと共に階段を上がった。
退屈凌ぎの話し相手なら何とかなっても、間違ってもセレニアにお茶だけは淹れさせないよう母上に忠告すべきだったか――そんなことが不意に気になったが、まあそれもまた経験だと無情なことを思うアシェルであった。




