3 急を要するお仕事を放ってはおけません
そんな特殊な身の上であるアシェルは、与り知らないところで禁じられていたはずの王都へ二週間後に向かうことが決められた。
アシェルだけが王都から遠ざけられる理由も教えてもらえないのに、今度は唐突に真逆の宣旨が下るなんて不審過ぎる。
いや、今まで隔離されてきた理由が差別や冷遇からくるものなどではないことは理解している。理解しているからこそ不審なのだ。
王太子の挙式に参列するため、などという理由でないことは明白だ。
国の慶事であろうと、アシェルが禁足令よろしく所領から一切出されなかった数々の過去がそれを物語っている。
アシェルはため息交じりに書状を机に置くと、父が子供の頃から仕えてくれている老練な執事を見上げた。
「ケイリー、どう思う?」
「王家で何やら只事ではない事態が起こっているのやもしれませぬが、まずは旦那様からも届いた封書をお読みになってからご判断なさるべきかと」
「違いない」
尤も至極な意見に首肯して、ペーパーナイフでビェルート大公家の紋章が刻印された封書を開けた。
「……………おいおいおいおい」
「どうされましたか」
「陛下は二週間後と仰せだが、父上は準備もあるから一週間後には王都邸へ入れと仰っている。準備って何だ。謁見の準備か」
「それはまた急な話でございますね。ビェルート領地から王都まで、馬車で片道五日はかかる距離です。騎馬を乗り潰せば二日半といったところでしょうが、どちらにせよ今から準備せねば旦那様の指定された期日には間に合いませんね」
その通りだ。アシェルただ一人で、身一つで向かう訳じゃない。荷造りや経路の安全確認、後回しに出来ない急を要する案件の処理、残していく使用人たちへの細かな指示など、出立までに終わらせておくべきことが山ほどあるのだ。
今から片付けたとして、出発日は三日後か。父の指定した期日の夜までには何とか間に合うか。
「取り急ぎ案件から捌こう。午後に治水工事の視察が入っていたよね。新たな灌漑用水と遊泳池の整備、それから先日の長雨で急傾斜地崩壊が起こった崖線の現地調査だったか。罹災証明の申請も出されていたはず……ああ、あった。結構な数だな……」
机上に積み上げられた書類の山から探し当てると、その束の厚さに眉根が寄った。
これほど被災者が多いとは由々しき事態だ。生活基盤の補助金算出を急がなければ。
「寡婦控除の申請もあったよね? それは罹災時?」
「いいえ。先日の土砂災害とは別件です」
「そう。じゃあこれは待ってもらおう。まずは罹災者が先だ」
申し訳ないが、優先順位が発生してしまうのは仕方のないことだ。
「公民に雑徭を徴発する。都水監を先に派遣して調査報告書を上げるよう伝達を。徭役も一任すると伝えてくれ。施行されるまで僕は残れないからね」
「畏まりました」
さて、視察までに急いで書類整理を終わらせよう。