2 王都からの手紙
図った対話が成立しないのはおかしい。差し出した会話を叩き落とす勢いで意思疎通が図れないとか、使用人として致命的過ぎるだろう。もう何なのこの子。
毛先に向かうほど赤みの増す珍しいチェリーレッドの髪を揺らして、セレニアは壁に刺さったままだったナイフを抜くと、毒蛇を窓の外へポイと投げ捨てた。
待った。この部屋は二階だけど、下を使用人の誰かが通るかもしれないだろう。今まさに通っている最中だったらどうするつもりだったんだ。死んでいるとはいえ、突然頭上から毒蛇が降ってきて平常心でいられる者などいないぞ。
「ポイ捨てはやめなさい」
「大丈夫です。シェフのメイギルさんが回収して行きました」
「メイギルが下にいたの? え、いま? 尚更ポイ捨て駄目じゃないか。というか、なんで料理長が回収を?」
「お酒に漬けるそうです」
「毒蛇を!? なんで!?」
「さあ、そこまでは」
謎ばかりが残る。寧ろ何一つ解決しないまま謎だけが増えていく。
アシェルは掴み所のないセレニアとの対話を早々に諦めた。仕事に戻ろう。
「アシェル様。ケイリーです」
「どうぞ」
コンコンコン、ときっちり三回ノックした後に執事のケイリーが入室し、二通の封書を持ち込んだ。
「お手紙が届いております」
一つは父であるビェルート大公からで、もう一通はイルムトゥラウト王家からだった。まずは王家の紋章が封蝋に刻印されたものから確認する。
「二週間後……?」
「国王陛下は何と?」
「二週間後に登城するようにと。宣旨だね」
「宣旨、でございますか」
ケイリーは目尻に刻んだ経年の皺をより深くして、怪訝に目を細めた。アシェルも同じ心境だ。
国王陛下は父・ビェルート大公の兄で、王妃が産んだ王女と、第二妃が産んだ王太子を子に持つ。
従兄弟である王太子は先月学園を卒業したはずだが、確か卒業後すぐに婚約者と挙式する予定だと聞いていた。二週間後がその挙式なのだろうか。
「う〜ん、王都、ねぇ」
王弟である父・ビェルート大公の三男アシェルは、実は一度も王都へ赴いたことがない。
生まれは王都らしいのだが、父が賜姓降下した際に与えられた所領でアシェルは育ち、王都の屋敷で生活している両親や兄二人とは年に数回ほどしか会えていない。
理由は分からないが、決して王都へ近づいてはならないと厳しく躾けられてきた。故に伯父である国王陛下や従兄弟の王太子、隣国の皇太子妃となった王女とは、一度も会ったことがない。
アシェルも十六歳になったので学園に通える歳なのだが、そんな経緯があって王都にある学園には通えなかった。
しかし幼い頃から著名な学者が幾人も付けられていたので、そのおかけで学園に通えずともその課程は既に二年前に修業していた。現在は、父に代わって領地の開発と発展に従事している。
今年十八歳になった王太子と同学年の双子の兄達も学園を卒業し、それぞれの婚約者を伴って帰ってくる予定だ。アシェルは長兄に引き継いだ後一年間は補助を務めて、おそらく翌年には父の決めた姻家へ婿入りすることになるだろう。
今はまだ婚約者はいないが、選定は数年前から始めているに違いない。