14 エピローグ
夜中だが、衝撃的過ぎて寝付けそうにない。あの不可解な存在が乗った寝台だと思うと気持ち悪くて使う気にもなれないし、仮令セレニアがアリアンデル侯爵家へ戻っていたとしても、王太子妃の寝台を借りるつもりもなかった。
精神的な疲れが一気にどっと押し寄せたアシェルは、目の前で優雅に紅茶を嗜む王妃に視線を向ける。
王室を一度転覆させた男爵令嬢が言っていた数々の言葉が脳裏を駆け巡る。何一つ意味は理解できなかったが、王妃は知っていて言葉を返していた節がある。そして最も気になっているのは『転生者』というキーワード。
アシェルの問う視線に気づいているはずなのに、王妃は許可の問い掛けを返さない。つまり、話す気はないということだろう。
アシェルは諦めの溜め息をこっそりと吐き出した。
答えの示されない出来事にいつまでも囚われている訳にはいかない。
「先程の少女は、どう処罰されますか」
追求を避けたこちらの意図を読み取って、正解だと言わんばかりに王妃は微笑んだ。
「王室と派閥を乱し、正規分布を崩壊させた罰はすでに下されていますが、今回あなたの寝所に侵入した罪は更に重い処断刑が言い渡されることでしょう。暗殺未遂の線でも求刑されると思います。国王と王妃、そして王太子にしか知らされない隠し通路を知っていたことについても、より厳しく尋問されることになります」
男爵令嬢が隠し通路を知るに至った経緯を、王妃は間違いなく把握している。何せ忍び込む日時と手段をぴたりと当てたのだ。予め知っていなければ不可能だと思う。
問い質したい気持ちをぐっと堪え、アシェルは温くなった紅茶に口をつけた。
開けてはならない蓋というものは必ず存在するのだ。今回がまさにそれだ。
「寝台と寝具は明日一番に新しい物に取り替えさせましょう。今日は客室でお休みなさい」
「お心遣いに感謝致します」
せっかく久々に飲む普通の紅茶だというのに、極度の緊張と疲労感でまったく味がしなかった。
五日後、第二妃とその生家に新たな沙汰が下された。あれからも色々と問題が起こり、当初宣告された刑罰の見直しがされたりと混乱を極めたからだ。
デリックが失脚した元凶の男爵令嬢は、王子を産めなかった王妃が悋気を起こして用意したハニートラップだったと第二妃が喚いたことで、刑の執行は一旦中止された。言い掛かりも甚だしいと苦し紛れの見苦しい主張に苛立ちを見せた国王は、さっさと終わらせるため徹底的に調査するよう王命を下した。審問官が草の根を分けて探すも繋がりは一切見つけられず、やはり第二妃の虚言であると結論づけた。
不出来な息子の不始末を無関係な王妃へ責任転嫁し、さらに不敬を働き冤罪をかけたとして第二妃は併合罪加重と判断され、死刑が決まった。
そして五日目の今日、第二妃とその実父、実兄の処刑が執行された。それを知ったデリックは両陛下を恨み、斬りかかった所を返り討ちにされ、近衛騎士によって斬り殺された。
全てを狂わせた悪女としてミリア・タンゼル男爵令嬢も同日に絞首刑に処され、一連の騒動の幕引きとなった。
「何とも遣る瀬無い事件だったね」
「はい。ですが、身から出た錆かと」
アシェルの呟きに首肯しながら、セレニアは今日もとんでもない色と味の薬湯を差し出す。
もういいんじゃないかな、との願いは素気なく却下され聞き入れられなかった。僅かばかりこの薬湯に慣れつつある事実にアシェルは切なくなった。
王都までの逕路で、セレニアがケイリーや護衛と共に毎日森に入っていたのは薬草採取のためだったそうだ。苔桃と合わせて摂取することで、解毒の効能が増すのだとか。
本当に、セレニアには頭が上がらない。
「これから婚姻に向けて忙しくなるけど、君を決して蔑ろにせず、不幸にしないと約束するよ」
「わたくしも、アシェル様をメロメロにさせてみせますわ」
「メロメロ……お、お手柔らかにお願いします」
今日も想像を裏切らない物凄く苦い薬湯を飲みながら、アシェルはセレニアが投擲しないで済む太平の世を築こうと心に誓った。




