12 暗殺未遂と、○○
「セレニアのお茶、凄い色と味だったでしょう?」
王妃の発した言葉に耳を疑った。
まさか。まさかセレニア。君は王妃陛下にまでアレをお出ししたのか……! なんて命知らずな……!
絶句するアシェルに王妃はくすくすと柔らかく笑う。
殺人級の茶を出されたのに笑って赦すとは、さすがは淑女の頂点に立つ方だと、アシェルは心の底から感嘆した。
「あれはね、紅茶じゃなくて薬湯なのですよ」
「薬湯?」
「そう。薬湯。解毒剤と言った方がわかりやすいかしら。典薬に教わって調薬を会得したの。素晴らしいことだわ」
その一言でアシェルは全てを理解した。
自然死に偽装できる服毒もある。デリックの廃嫡とアシェルの立太子が宣下された時から、その危険度は跳ね上がったはずだ。登城するまで立太子することになると知らなかったのはアシェルだけで、既に詔書は出されていただろう。
つまり、一ヶ月前からセレニアがアシェルに飲ませていた薬湯は、服毒を警戒した予防対策だったわけだ。
知らず守られていたのかと、申し訳ない気持ちになる。
クソ不味いなんて思って悪かった。
「セレニア、ありがとう」
「お役に立ててよかった」
「うん。けど、服毒にそこまで神経質にならなくても大丈夫だよ。幼少期からありとあらゆる毒に慣らされてきたから、死ぬことはない」
そう。死にはしない。
ただ数日間高熱と吐き気に襲われ、意識が混濁するだけだ。それも慣れている。
意味を理解したのだろう。セレニアの唇が引き結ばれた。
そんな顔をする必要はない。昔はさておき、今は本当に不可欠なプロセスだとわかっているから。
死なないために今苦しみに耐えなければならないのだとケイリーに諭される度に、幼かった当時は理解も納得も出来なかった。〝今〟がつらいのに、どうして将来のことを考えなきゃいけないのかと、もう嫌だと何度も泣き喚いた。
それでケイリーが止めてくれたことなどない。いつしか反発心も萎びれ、絶望的な諦めを覚えた。心を空っぽにして痛みに鈍感になれば、繰り返される地獄も少しはやり過ごせるようになった。
服毒の必要性を学び、理解できる年齢になってようやく耐える意義を見出せたが、甘やかし看病してくれるはずの母親が側にいなかった幼い子供時代に、よくぞ心が壊れなかったものだと今更ながらに自分へ拍手喝采したい。
そんなことをつらつらと考えていると、ふと立太子の式典を終えた後に、憎しみと呪いの言葉を吐いた第二妃とその外戚を思い出した。
――お前さえ生まれなければ。
――お前のせいで!
破滅を選択したのはデリック自身でも、第二妃たちにとってアシェルは息子の地位を脅かし、そして簒奪した忌まわしい盗人に見えているのだろう。
続く王妃の話では、すでに犯行の全容が明らかにされ、証拠も押えているらしい。王太子暗殺を謀ったとして第二妃は幽閉塔送りとなり、実行犯の外祖父と伯父は処刑、侯爵位を子爵位に下げることで嫡男に家督を継ぐ赦しを出した。事実上、デリックの復位は生涯叶わぬこととなった。
真実の愛の代償は大きい。
式典の後、直ぐ様控えの間へ案内されたアシェルは知らなかったが、アシェルに暴言を吐いた直後に彼らは取り押さえられたらしい。
「第二妃は塔へ送られるまで禁錮刑に処され、外戚の刑罰は五日後に執行されます。デリックを擁立していた貴族家も離反し始めているので、あなたを排斥すべきと騒ぎ立てた愚か者たちは立てるべき名分を失くしました。陛下は、糸の切れた凧のように制御不能となる前に奸臣らを処す心算です」
一気に膿を出し切る、ということだろう。
良くも悪くもアシェルの存在は外廷を荒らし、風通しを良くしたようだ。文字通り、これからかなり荒れるだろうが。
「もう一つだけ、問題が残っています」
「問題ですか?」
これ以上まだ何かあるのかとアシェルは眉をひそめた。
外廷が荒れるだけでも大変だというのに、これ以上の厄介事などまったく心当たりがないぞ。
「あなたには今日から王太子宮で生活してもらいますが、今夜は続き部屋の王太子妃の部屋で休んでもらいます」
「王太子妃の部屋で……? それは何故です?」
「夜半になればわかります。セレニア。アシェルの側を離れないように」
「は!?」
「承知しました」
「はあ!?」
正式に婚約したとはいえ、未婚の男女に同室で夜を過ごせと!?
いや確かに野営で四度同じ天幕を使ったけれど! 今更感あるけども! あれは相手がメイドだと思っていたから諦めただけであって、婚約者と、となると話は別だろう!?
声にならない悲鳴を噛み殺したアシェルは、その日の夜半、王妃の口にしたもう一つの信じ難い問題に遭遇するのだった。




