11 メイドじゃないと発覚したけど、やっぱり色々とおかしい。
本日11月1日は紅茶の日ですね♬
紅茶が好きで毎日ロイヤルミルクティーやレモンティーを飲んでいる身としましては、無視できない心躍るイベント日です(๑•̀ㅂ•́)و✧
紅茶専門店に行かなくちゃ!
美味しい茶葉を探すぞ~♡
「セレ、ニア……?」
「はい。アリアンデル侯爵家の娘、セレニア・ローザ・アリアンデルと申します」
「侯、爵家? は……?」
アシェルは王妃の御前であることなどスコン!と抜け落ちて、呆然と呟いた。
入室した女性は、今朝まで澄まし顔で苦い茶を出してきたメイドのセレニアだった。今は盛装で令嬢然と着飾った姿をしているが、間違いなく投擲までして見せたあのセレニアだ。
混乱する頭のまま、叩き込まれたイルムトゥラウト王国貴族の系譜録を無理やり引っ張り出す。
王太子妃候補の最有力家である三大公爵家にはすでに嫁いで母となった女性しかおらず、デリックと年齢の合うご令嬢がいないことからその一つ下の爵位である侯爵家から婚約者が選定された、と聞いている。
侯爵家は五家あり、内デリックと五歳差までのご令嬢は二名で、最終的に同い年であるアリアンデル家の次女が婚約者に選ばれた、という経緯は記憶している。さすがに令嬢たちの名前までは覚えなかったが、その弊害――というのもおかしい――がこんな形で我が身を襲うとは露程も思わなかった。
「いやちょっと待ってセレニア……ああ、いや、アリアンデル侯爵令嬢」
「どうぞ、そのままセレニアと」
「……………。アリアンデル侯爵令嬢」
淑女らしからぬ深い縦皺を眉間に刻んだセレニアから少しだけ視線を逸らしたアシェルは、心の中で「呼べるか!」と一喝した。
使用人だと認識していた時とは状況がまったく違う。貴族令嬢と知った今、名を呼ぶなど非常識で不誠実な真似は出来ない。貴族令嬢の名を呼べる男は家族か婚約者だけだと決まっている。
―――――ああ、婚約者……。
アシェルはつい苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
セレニアはデリックの元婚約者で、現在はアシェルの婚約者。いや、正確には十六年前にはすでにアシェルとも結ばれていた。つまり、今目の前で不満そうな顔でこちらを見ているセレニアは、仮で結ばれていた婚約を正式に結び直した未来の妻だと、そういうことだ。
デリックが仕出かした直後でもある。アシェルには快く彼女を受け入れ、慈しむ責任がある。
彼女が名を呼んでほしいと願うなら、アシェルはそれに応えなければならない。王太子となった今、王家の者として被害者であるセレニアの望みや願いを叶える義務があるのだ。
過る数々の激情を抑え込み、鎌首をもたげぬよう頑丈な蓋をした。余計な感情は必要ない。
義務や責任からセレニアを受け入れるのは失礼だ。王家だとか契約だとかはこの際関係ない。彼女自身を見なくては。
「……セレニア。質問がある」
「何なりと」
「大公領の本邸で一度、王都までの径路で四度、毒蛇に加えて毒虫が私に差し向けられ、そのすべてを君が始末した。君は私の護衛のために本邸へ来たのか?」
「見極めもございました」
「……なるほど」
変更された新たな婚約者の為人を知る必要があった、ということか。全く以て正論だ。
「王妃様経由で、大公閣下より毎年アシェル様の姿絵を頂戴しておりましたので、本契約が成された折にずっとお慕いしてきた麗しきご尊顔を早く拝見したくて、不遜にも身辺警護に名乗りを上げました」
「……。うん? 何だって?」
熱烈な愛の告白を受けた気がするが、セレニアの表情はすんと真顔のままで恋慕など一切感じない。
え、ジョーク? 貴族の高度な言葉遊び? もしかして揶揄われた?
「セレニアは幼い頃からずっとあなたのことを好いていたのですよ。うっとりと絵姿を眺めては、『どんなお声をされているのかしら』と物思いに耽ってみたり、あなたが帝王学をどの程度修められたか聞けば、『デリック様より二つ年下でいらっしゃるのに、もうあの方のずっと先まで学ばれているなんて!』と感涙したり、あなたが騎士に劣らぬ剣技を身につけたと聞けば、『わたくしもアシェル様のお背中をお守り出来るようになりたい』と、投擲を習ってそれを極めたり」
「王妃様、暴露なさらないでください。お恥ずかしいですわ」
(ええぇ~……………)
そこではにかむなり、ほんのり頬を染めるなりすれば話の信憑性も増してすんなり信じられたのだが、セレニアの表情筋は死滅しているのではないかと疑うほどまったく動かない。
王妃様。あなたが見た過去のセレニアは本当に存在していたのですか?
ずっと恋心を抱いてきたのだと言われても、俄には信じ難い。
そうなのだと思えばアシェルもセレニアを受け入れやすくなる――そういう演出なのだと言われた方がずっとしっくりくる。
結論は出たと一人納得したアシェルは、セレニアが投擲スキルを持つ謎があっさり解けたこともあり、「メイドはどうか分からないが、貴族令嬢に投擲スキルは不必要だと思う」と、思わず遠い目をしてしまったのだった。




