表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一話完結の短篇集

寝なければ朝は来ない

作者: 雨霧樹

「お前さ! 今何時だと思ってんだよ!」

「帰ってきてうっさいわね! あんたの稼ぎが少ないから残業よ!」

「それはあれだけあった貯金を、俺が知らない間に借金に変えちまったからだろうが!」


 深夜のボロいアパートに響く、他愛のない夫婦喧嘩。治安の悪い地域という特性も相まって、この程度では通報どころか白い目を向けられることすらない。


 だが、その渦中に幼い子供が布団で耳を塞いでいなければ、だが。


 いつものように始まったけんかに、(ライト)は蹲って嵐が過ぎ去ることを待つことしかできなかった。


 決定的に仲が悪くなったのは、(ライト)の卒園式に父母のどちらが出席するかで喧嘩をしたときだろか。授業参観の日に、どちらが出席するかを怒鳴りあって決めた日だろうか。どちらにしろそれらの出来事は、(ライト)自身にとって、自分は不要な存在であるということを脳裏に刻み込ませるのには十分な出来事だった。


「ごめんなさい……」

 誰にも届くことすらない声を呟きながら、今日も毛布に体を重ねる。


「大体ね、女にまともな化粧すらさせてやれない旦那とかもっと甲斐性はないわけ!?」

「なんでお前は事務の仕事に、そんな派手な化粧を施すんだよ! 必要ねぇだろ!」

 次第にヒートアップしていく両親は、当然の流れのように暴力に発展していった。

 ここまでに行ってしまうと、互いに決着がつくまで譲れないだろう、今夜は夜更かしをしなければならない。


 自分が今よりも幼いころ、学校の先生から暴力はだめだと教わったことがあった。

「ねぇ、佐藤君。もし、誰かを叩いたりしたら、その痛みは必ずその人に返ってきちゃうんだよ。だから、友達とか、大事な人が誰かを叩いたら、絶対に止めなきゃだめだよ!」

 それを聞いた(ライト)は、激しく自分を責めた。今まで両親の喧嘩から目を背けていたことは、悪いことだったんだということを知ったからだ。


 その日も今日と同じように、いつものように喧嘩をしていた。

「大体さ! アンタのその態度が気に食わないのよ!」

「俺もおんなじだよ! やるか!」

「私にすら勝てないくせになにいってんのよ!」

 いつもならば、トイレに逃げて、終わるのを待っていた。けれど、今日は違う。(ライト)は精一杯の勇気を振り絞って、両親に言った。

「――けんかはダメ!」

 互いににらみ合っていた両親は、二人とも(ライト)を向いた。

 思った以上の効果が出て、(ライト)は喜んだ。やった、これで”はなしあい”ができる。そう喜んでいた。


「「うるさい」」

 同時に同じ言葉を発した二人は、一切の容赦をせずに、パンと両頬を張った。

「――え」

「子供が大人の喧嘩に入ってこないで。邪魔だしどっか行って」

「そうだ、ガキは黙ってろ」


 先生の言うことが間違ってたのもショックだった。両親に殴られたこともショックだった。けど、何よりもうるさいと言われたことが、心に深い影を落とした。

 それ以来、(ライト)は両親の喧嘩には無関心になった。それが自己を守るためなのかは、誰にもわからない。


 「――あぁ、今日こそ我慢ならねぇ」

 「ちょっと、あんた頭おかしいんじゃないの!?」

 「毎日毎日俺の金を食い潰しやがって……」


 それでも今日の喧嘩はいつもとどこか違った。お母さんがこんなに怯える声を聞いたことがない。父さんが、こんな切羽詰まった声を呟くことを聞いたことがない。


 「もう全部終わりにしよう」

 「やめて、話せばわか――」

 何かを抉るような音がした後、同時に母の言葉はそこで途切れ、バタンと地面に崩れ落ちる音が聞こえてくる。そしてどこからかポタポタと何かが垂れる音がする。

 そして、父の声も同時に聞こえなくなった。


 あぁ、静かになった。

 

 喧嘩も今日は早く終わったみたいだし、静かに眠ることができる。

 万感の思いを抱えながら、(ライト)は目を閉じた。


 あぁ、寝なければ朝は来てくれないんだから、お母さん、お父さん、おやすみなさい。


 

 『ニュースをお伝えします。昨晩未明、アパートにて死体が発見されました。近所の住民から異臭がするとの通報を受け駆け付けたところ、この家に住む佐藤(ライト)君の遺体が発見――』


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ