第九話 巨人と犬
『ハァッ、ハァッ、ハァ~~~~ッ』
ついに俺の前に立った巨人は、涎を散らしながら恍惚な表情を浮かべていた。
棍棒の内、一つが高々と掲げられる。
「あ……」
俺はそれを呆然と眺めることしかできなくて。
『イヒ……ッ』
そして、巨人はそんな俺を嗤いながら、棍棒を振り下ろした。
「がぁあああああああああああああああ!!!」
棍棒が直撃したのは、まだ失っていない左の足。
その膝が粉々に粉砕されたのを自覚する。
「ああああっ、ああああああっ!!」
激痛に地面をのたうち回る。
しかし、これで終わりではなかった。
巨人は俺に馬乗りになると、
今度は右腕、左腕を指の先から棍棒で潰していった。
「あ、が……っ、あっ……ぐぁああっ!」
指の先から始まり、両肩まで破壊したあと、巨人は馬乗りをやめて立ち上がる。
真横に立つ腐敗した巨人。天井に触れるほど掲げられた二つの棍棒。
「や、やめ……っ」
だが、両腕両足を壊された俺に逃げる方法などない。
怒涛のラッシュが、俺の腹を叩きつけた。
棍棒が振るわれるたび、迷宮が衝撃で揺れる。
「が!? あ、うぇっ! おぇっ、おお、あああっ、あぐがぁああっ!!」
口から空気が吐き出されたと思ったときには、もう遅かった。
腹の底に溜まっていた内容物を少し嘔吐して、
その後は血を噴き出す。
噴水のように噴き上がる。
「あ――、うーー、え――、が――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――、あ――」
視界はぐにゃぐにゃと曲がり、意識が白と黒を行ったり来たりする。
痛みはすでに感じない。
早くこの苦痛が終わることを願いながら、目を自力で閉じることも出来ずにその時を待つ。
――そして、その時は唐突に訪れた。
「――――あ?」
巨人の首から、血の噴水が沸き上がったのだ。
どすっ、という音を立てて巨人が膝から崩れ落ちる。
俺は霞む視界を細めて集中し、何があったのかを確認した。
そこにいたのは、五匹の黒犬だった。
だが、愛玩動物のような可愛らしい存在ではない。
黒犬たちは巨人の首に噛り付くと、
その牙で皮を突き破って肉を喰いあさっていた。
その姿は、まさしく野生の猟犬。
五体不満足な俺では、到底太刀打ちできそうにもない魔物。
『ガルゥ……』
「あ……」
だが、そのうちの一匹と目が合う。
次の瞬間、そいつは一瞬にして姿を消した。
「え――?」
違う、姿を消したんじゃない。
奴は影になったのだ。
影、そのものになったのだ。
――どぼん
水に飛び込むように、もう一匹が地面へと吸い込まれる。
地面に溶け込んだ二つの影が迫る。
「う、ぉ、あああああああああっ!」
呼吸を入れることで僅かながら思考力を取り戻した俺は、
反転して、内側が粉々になった体をもぞもぞと動かしながら川の方へと向かった。
身体を濁流の方へと動かしながら、顔は反対側、後ろの影の方を向く。
俺は目を見開き、その動きを観察する。
集中する。
慣れ親しんだスローモーションの世界。
影の動きから、飛び出す場所、タイミングを分析する。
――速い!
這いずっているだけでは、いずれ追い越される。
打開する手段は――!
「《炎弾、よ……我が意の、ままに……」
詠唱を紡ぐ俺に、影が追いつく。
影は俺の体をも通り抜け、二匹の黒犬が唸り声とともに現れる。
目前に迫り開く顎。
その獣の牙に自ら手を突っ込む。
俺はありったけの魔力を込めて魔術を解き放った。
「――――獲物を撃ち抜け》ぇっ!」
瞬間、轟音。
衝撃で吹き飛ばされる体。
黒い煙が、黒犬の口の中と俺の右腕から上がる。
至近距離で放ったため、魔術を行使した俺自身でさえ火傷を負ったのだ。
だが、黒犬はSSSランクダンジョンの深層に跋扈するモンスター。
それにあの巨人をも屠る魔物だ。
おそらく効いてはいない、だが――――、
――ゴォォォォ!
濁流までの距離は目と鼻の先。
これで、逃げられる。
逃げたところで死ぬには変わりないかもしれないが。
『ガルルルルゥァッ!』
迷っている暇はない。
「うぉあああああああああああああああっ!!」
俺は意を決して、濁流に飛び込んだ。
――意識が――、
――――遠のいて――――、
――――――い、く――――――…………
――――――――――――――――――――
目を覚ますと、そこはさらに深い闇で覆われた洞窟だった。
天井は、そこまで高くない。
俺が立ち上がれば届きそうなほどの、おそらくは洞穴のような場所だった。
「お、ぅ、ぇぇぇえええええええっ!!」
気持ち悪くなり、腹の中にあるものを全て吐き出す。
おそらくは流された時に入ってきた水を。
そして少し冷静になって考える。
俺はどのようにして、この洞窟に引き上げられたのか、と。
確認しようと立ち上がろうとして、気付く。
「ぐぁ……っ」
全身の骨は砕かれており、激痛の中にいたということを。
――ゴォォォォ
耳を澄ませば、水の流れる音がする。
視線だけを動かせば、濁流と岩が見える。
――おそらくは、あの岩に引っ掛かったんだとは思うけど……
引き上げた存在は謎のまま。
しかし、意識が完全に覚醒して、
目も慣れてきて、さらなる真実に気づく。
……いや、気付いて、しまった。
「ぇ……」
モゾモゾ、モゾモゾモゾモゾ……
全身を、何かが這っている。
右腕に、痛み。
血の滴る音。
何かが欠けている感覚。
俺は、視線を右腕に向ける。
そこには白いムカデが這っていた。
数えきれないほどのムカデが這っていた。
ムカデは肉を食んでいた。
腕には無数の孔が空けられていた。
その無数の孔から、ムカデが頭を覗かせていた。
腕の中を這う、ムカデの姿があった。
「い……ぁ…………」
身体を動かすことは、できない。
地獄が終わり、悪夢が始まった。
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