第八話 兎と巨人
――駄目だ、死ぬ、殺される!
俺は、倒れた俺を見下ろす骨兎たちから逃げるため這いずりながら立ち上がった。
右足はないが、喰われたのは足首から下だ。
立ち上がれないわけじゃない。
「――――づぁっ!」
骨が覘く断面を地面につけた瞬間、刺すような痛みが走る。
だが、立ち止まれば死ぬ。
俺はがむしゃらになって走った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」
凍り付くような恐怖で流れ落ちる涙が視界と理性の邪魔をする。
ずびずびと鼻水を垂らし、口からは泡が溢れ出る。
少しでも前へ、前へ、前へ――――!
そう願って走ったが――、
「ぐぁっ!?」
俺は再び転んでしまった。
左足、ふくらはぎに鋭い痛み。
先頭の一匹に噛みつかれたようだった。
――グチグチグチグチ
肉が抉られる。食い散らかさられる。
痛みは加速度的に増加する。
両手、両足、脇腹、背中、首――……
その痛みが俺の頭蓋にさえ届こうとした、そのとき――、
ドッガァアアアアアアッッ!!!
轟音が鳴り響き、突風が巻き起こった。
俺を囲んでいた骨兎たちの動きが、ピタリと止まった。
視線を動かしてみれば、迷宮の壁に複数の骨兎がぺしゃんこになっていた。
ぽとりぽとりと無常に落ちる深紅色の魔石と骨兎の血に濡れた毛皮。
それらを拾い、グチャグチャと口の中に放りこむ大きな影が一つあった。
『オオオォ…………』
――それは、巨人だった。
全長は10M弱だろうか。
大きさでいえば、あの【彷徨う赤き鎧】すらも凌駕している。
さらに山のように盛り上がった筋肉と三つの大きな目玉。
両腕には、その大きさに見合った巨大な棍棒が握られていた。
そして――、
「溶けて、いるのか……?」
巨人の体も、顔も、ドロドロに溶けて腐っていた。
身に着けている衣服も、何か魔物の毛皮を纏っているようだったが、すでにボロボロだ。
その様子はまさに、巨人版アンデッドといったようだった。
『キュッ!』
棍棒の襲撃から免れた骨兎たちは、一斉に散らばるように逃走を開始した。
まとめて潰されないようにするためについた習性だろう。
だが―ー、
『ォ、アアアアアアアアアアアアアア!!!』
それは全くの無駄となった。
巨人の咆哮に、骨兎たちはまるで電撃魔術でも食らったかのように体を硬直させる。
巨人はそんな獲物を見て満足そうに笑みを浮かべると、
一匹ずつ確かめるように棍棒で叩き潰していったのだった。
ズズズズズッ。
巨人はペースト状になった骨兎の肉塊と血と魔石を、スープを吸うように飲み干していく。
一匹、二匹、三匹、四匹……。
そして十匹ほどをまとめて手で掴み、地面ごと抉り取って飲み込んだ。
『ンハァ~~~~~~ッ!!』
満足そうに息を吐く巨人。
視線は自然と、一人余った俺に注がれる。
「あ……あ……あ……っ」
俺は三つの眼に睨まれ、動けないでいた。
先程の巨人の叫びで体が痺れていたのもあるが、
単純に、恐怖で足が竦んでいた。
巨人は棍棒を持って近づく。
その表情は、表情の見え辛かった骨兎とは違い、はっきり分かる。
それは、子どもが虫の足を捥ぐときのような、凄惨な喜びに満ちた顔だった。
【勇者からの嘆願】
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