第七話 カタカタカタカタカタカタカタカタ
「……深層……」
改めてその現実を認識し、俺は呆然と上を見上げた。
俺が見上げた先に、天井はない。
延々と闇が続くばかりである。
おそらく、あの橋から落ちて、そのままここまで真っ逆さまということだろう。
ならなぜ、俺は無傷なのか。
その考えに至ったとき――
「ひっ!」
俺は思わず声を上げた。
目が慣れてきて足元を見てみると、そこには
赤い血が池を作るようにべったりとついていたからだ。
そして気付く。
俺が着用している衣服も、赤黒く変色していることに。
「これは……どういうことだ?」
触れてみると、まだ生温かい。
普通に考えれば俺の血なのだが、俺に外傷は見当たらない。
誰かが治した? モンスターが? 何のために?
「……考えても仕方ないか」
なんと言ってもここは深層、人類の未開拓領域。
ある程度の不可思議は容認しなければならないだろう。
いや、容認しなければ生きてはいけない、と言った方が正しいか。
「……とりあえず、ここを離れた方がいいな……」
血はまだ温かかった。
あれが俺の血だとすれば、俺が落下してまだあまり時間は経っていないはずだ。
落ちたときの衝撃音で魔物が集まれば、俺はひとたまりもない。
俺は頭の整理もつかないまま、目的もなく彷徨い歩いた。
――――――――――――――――――――
岩場などの立体物に隠れながら進む、進む、進む……。
慎重過ぎるほど慎重になっていた俺だったが、奇跡的に魔物と遭遇することはなかった。
しばらく歩いていると、ザァーという水の音が聞こえてきた。
川が近くにあるのかもしれない。
サバイバルに水は必須だ。
ましてや深層。助けなど期待できない。
ならばと――、安易に近づいたのが間違っていた。
……結果的に、そこに川はあった。
もの凄い勢いで流れる濁流ではあったものの、水を確保するのに問題はなさそうであった。
問題なのは、川の前にいた異物である。
『キュ……?』
「兎……?」
そう、それは一見可愛らしい見た目をした兎だった。
普段の俺だったらティナを押しのけて撫でに行っていたところだろう。
首から上、頭蓋のみが骨でできた骸骨の見た目でなければ、の話だが。
――カタカタカタカタ。
首を振り回して鳴る骨の音は、俺を嘲笑しているようだった。
俺は一見雑魚モンスターに見えるこの骨兎にも、警戒を怠らなかった。
小型の魔物だと言っても、ここは深層。
戦うことなど考えてはいけない。
俺は中層で【彷徨う赤き鎧】にそうしたように、目くらましを使って逃走しようとした。
が――、
「?」
気づいた時には、兎は目の前から消えていた。
そして。
「おおっと……」
俺は何かに躓いたようで、前のめりに転んでしまった。
立ち上がろうとして、再び転倒する。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。
「……?」
そして、ようやく違和感に気付く。
脳が情報を整理して、現実に起きたことを把握する。
ずちゃり、という気色の悪い音。
首を回して違和感の元を探す。
それは右の足。
そこには本来あるものがなかった。
足首から下が、消失していた。
「あ、がぁぁああああああああああああああ!!」
鋭い痛み、燃えるような痛みが襲ってくる。
どくどくどくどくと流れ落ちる血。
血と痛みは精神をも犯していくようだった。
――痛い、痛い痛い痛い痛いっ!
だって、死神に片腕をやられたときとは訳が違う。
この痛みに大儀はない。
大切な者を守るという使命に酔えない今、俺の前にあるのは恐怖と絶望だけだった。
視線の先の骨兎を見る。
頭蓋の骨と白い毛皮を血で濡らしながら、俺の足を食む兎。
ぼとりぼとりと、食い損ねた足の指が周囲に散らばる。
「……ぁ」
そして、気付いてしまった。
その後ろから覗く、二十は超える白い毛玉と骸骨の存在に。
――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ……………………
聞き間違いなんかじゃない。
俺は今度こそ、確かに俺を嗤う悪魔たちの声を聞いた。
【勇者からの嘆願】
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