第六十話 SSSランクダンジョン
「むむむ……」
『かかっ！ 難しい顔をしておるの。――とはいえ、これで余が貴様に与えるべき知識は全てじゃ。そっちの貴様にとってはつまらん時間だったかもしれんがの』
ヘルが言うと、今までだんまりを決め込んでいたレーヴァが目を丸くしていた。
ポンコツがゆえに話を聞いても分からなかっただけなんじゃ、と思っていたが……
「まー、そうね。私にとっちゃそんなにって感じの話だったし」
「え、そうなの！？」
「え……ええ。だってこれぐらいの知識、冥界の子供たちは皆知ってるわよ。初代王ヘルの偉業を説明するとき、現世での活躍エピソードは切っても切れないしね」
そうか、と納得する。
俺にこの知識が無かったのは、結界の影響で正しい歴史が伝わっていなかったからだ。それは逆説的に言えば、結界の影響下にない冥界は関係ないということなのだろう。
「というか、俺が地上に戻ったら結界の影響を受けてまた得た知識がパーになる可能性もあるのか？」
『それについては心配する必要はない。それだと、例えば勇者大学にて認められた者に本当の歴史を教えたとしてもすぐに忘れられるってことになるからの。結界は「そもそもその知識に踏み込ませない」予防的な効果は持っておるが、知ってしまったことを消し去ることはできんよ。そういった仕事は、それ専用の魔法陣だとか魔法を扱える勇者の仕事じゃ』
「……なるほどな、んじゃ、心配はないってことか」
『うむ……っと、別れの前にもう一つ与えるべき報酬があったんじゃった。これは貴様だけではなく、そこの悪魔にも与えることになっておる』
ほへ、と己を指差すレーヴァと俺の額に手をかざすヘル。
瞳を閉じて気持ちを落ち着かせるようにとヘルに言われ、俺たちが従っていると――
――ズキン！！
「「痛っ！」」
『かかっ！ 今、貴様らには余が持つ魔法――空間魔法の複製物を譲渡した。地上に出たらひっそりと試してみるとよいぞ』
「空間魔法……？」
言われ、考えてみる。
確かに、数十程度の魔術を同時展開するぐらいなら分かるが、ヘルの氷剣は数千数百を超えていた。ということは、氷剣や氷狼を創造、操作する技術とそれらを補完し、展開する技術はまた別のものということか。
『よし、これで渡すものは全て渡したが……最後に、いくつか貴様にアドバイスをしてやろう』
「アドバイス？」
『うむ……まず、そこのダンジョンコアだがな。確かにアレを使って武器や魔道具を生成すればとんでもない性能のやつを量産できると思うが……それをやるのはやめておけ。貴様の願いからは遠ざかるからの』
「……は？ それは、どういう意味だ」
『二度言わせるでない。貴様の願望の成就からは遠ざかる、だからやめておけという話じゃ』
「……そんなことまで分かるのか？ お前の【魔眼】か加護の力で」
俺はヘルが戦闘中に見せた、俺の加護を知っているかのような立ち回りからそう指摘する。
すると、ヘルは「いんや」と否定して、
『余の【審美の魔眼】はそう便利なものではないよ。転化種の貴様なら後から使ってみれば分かると思うがな。「相手の持っている加護の名前が分かる」というだけのことじゃ』
「じゃあ、なんで……」
『かかっ！ 貴様、人の才や能力の全てが加護に起因しておるとでも考えておるのかの？ あれは所詮、テレシアの奴が与えたものに過ぎん。余のこれは経験則というものじゃ』
……なるほど。
加護を持つ者が優秀な者、さらにはその中でも卓越したものを持つ者が天才、という価値観で過ごしてきた俺からすればそれは考えにない発想であった。
『話が逸れたな。二つ目のアドバイスじゃが……SSSランクダンジョンの踏破を目指せ。それも聖都にある『ティーダル天上神殿』、王都の勇者大学地下空間にある『アビス』の順でな』
「……ん？ 順番も関係あるのか？」
ヘルの口ぶりから察するにダンジョンコアが「俺の願いを叶えるための何かに」必要なのだろうし、それは分かるのだが……
『かかっ！ 特に深い意味はない。順番は単純に難易度順というやつよ。今の貴様では聖都にあるダンジョンはクリアできるかもしれんが、『アビス』は絶対に踏破不可能じゃ――奴、勇者ランスがおるからな』
「ランス……初代勇者か。三英傑って呼ばれてたお前らの中でも、やっぱり別格だったのか？」
『……まぁの、癪じゃが』
ヘルは腰に手を当て、少し不満気だ。どうやら本当のことらしい。
『では三つ目、これが最後のアドバイスじゃ。ぶっちゃけこれが一番大事なとこだからよぉく聞いておけ。それは――――』
氷の像だが、どういうわけか表情は自在らしく、穏やかな瞳を浮かべてヘルは続きを話した。
――――――――――――――――――――
『では貴様らも達者でな！！ ん？ 余か？ 余はあと千年くらいはこの姿のままで戦えそうだからの！ 新たな挑戦者を待っておるわ！！』
と、最後のアドバイスを残した後「かかっ！」と笑ってヘルは俺たちが使った石扉の向こうへと消えていった。
何と言うか、氷でできてるはずなのに稲妻みたいな人だったな……。
「どうだった？ 本当の歴史？ってのを知った気分は」
レーヴァに言われ、俺は思わず溜息をつく。
「本当のことって知識としては理解できるんだけどな。まだ受け入れるには時間が掛かるよ……さすがにな」
何せ、これまでの常識がひっくり返るような話だ。
今まで見てきた世界が偽物……とまではいかなくとも、偽りのレンズを持って見ていたのだと言われれば、動揺ぐらいする。
「でも……やるべきことは決まってる、んでしょ？」
「……ああ、そうだな」
レーヴァの試すような笑みに、俺はヘルからもらった最後のアドバイスを思い出す。
「『世界を守るため、だなんて高尚な使命感で戦う必要はない。己の欲を満たし、願望を叶えるためにのみその剣を振るえ。その方が強くなれる。少なくとも余はそうしてきた』……か。多分、奴自身の哲学なんだろうが、俺には合ってるのかもな」
世界を救う為だなんて、規模が大きすぎてよく分からない。
確かに、世界には好きなところがたくさんあるけれど。
俺が強くなるのも、冒険するのも、やっぱりそれは「ティナを生き返らせる」って目的のためだ。
その過程で邪魔する奴や、ティナが幸せに生活するための場所を破壊する意志がある奴がいれば、徹底的に殺すつもりではあるが――
「とは言っても、モルドは多分、目の前で危ない目に合ってる人がいたり、街や都市が破壊されていたりするのは見過ごせないんでしょ？」
「それは……そんな立派なもんじゃねぇよ。ただそういうのを見るのが気分が悪いってだけだ。それに――」
「ティナが生き返ったときに格好悪い俺のままじゃ嫌だから……かしら？」
「そうだ。よく分かってるじゃないか」
俺は嗤い返して、部屋の奥に置いてあったダンジョンコアの元へと向かった。
人の頭ほどの大きさはある虹色に光るそれを手に取ると、ずっしりとした重さを感じた。
瞬間、迷宮の中の明かるさが一段階低くなったような気がした。ダンジョンコアが迷宮に影響を与え始めているのかもしれない。
「よし、じゃあ後は――」
と、振り返り、俺はヘルの棺が置いてなかった方の魔法陣――左側の魔法陣に目を向ける。
いつの間にか青い点滅を繰り返していたそれの前に、俺とレーヴァは立った。
喉を鳴らし、胸に手を当てるレーヴァ。
俺はダンジョンコアを持ち換えて、レーヴァの逆側の手を握ってやる。
「外に出るのは、やっぱり不安か？」
「そう、ね……地上になんて出たことなかったし。でも」
「でも？」
「モルドが、楽しいことがたくさんあるって言ってたから、楽しみでもある、かな」
「……はは、そっか」
随分と信頼を得たもんだ、と思わず苦笑してしまう。
四百年という途方もない時間、暗闇で孤独だった彼女。
幸せになって欲しいと、思う。こいつが泣くようなことにはならないで欲しいと、思う。
そして俺自身も――幸せになりたいと……今なら、そう思えるから。
「レーヴァ、俺とお前は共犯者だ」
「ええ」
「俺の成そうとしていることは人の倫理から外れたことで、教会や、もしかしたら勇者なんかも敵に回るかもしれない」
「……うん」
「世界の外側がどうなってるかは分からないけど、敵がいて、攻め込んでくるのは確かだ。だから、そんな奴らともやり合わなきゃいけないかもしれない」
「知ってるわ」
「でも――それでも、叶えたい願いがあるんだ。だから、力を貸してほしい」
「当然――でも、与えるだけの関係なんて嫌。だから、私のことも手伝ってもらうわよ」
「わかってる。『お前を一人にしない』――これは、そういう契約だからな」
俺はレーヴァと手を繋ぎながら、同じ歩幅で魔法陣に踏み込んだ。
瞬間、カッという爆ぜるような光が小さな部屋を満たす。
「俺、モルド・ベーカーは、聖女ティナを生き返らせるために」
「私、レーヴァティン・フォン・アウレンベルクは、復讐を成すために」
光に掻き消える直前、俺とレーヴァは示し合わせてもいないのにそう宣言し合った。
そして――、消えていく。消えていく。消えていく。
確かにそこにあったはずの肉体の感覚が消えていく。
代わりに、謎の浮遊感が俺たちを包み込んで――…………
――――――――――――――――――――
これは、英雄譚などでは決してない。
世界で一番大切に想う女を救うために奔走する、馬鹿な男の物語。
そのために世界で二番目ぐらいには美しい女と、旅の中で出会う数多の仲間たちと歩む、愚者の物語。
一人では何もできない男がついでに世界を救うような、英雄モドキの物語。
これは彼女に捧ぐ――俺の物語だ。
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名前：モルド・ベーカー
契約悪魔：レーヴァティン・フォン・アウレンベルグ
職業：冒険者、絶断の契約者
種族：超越種
魔力：SSS
魔術適性：S
習得魔術：【ファイアボール】
習得魔法：【空間魔法】
加護：【毒粘液の加護】【麻痺粘液の加護】【毒肢の加護】【跳躍の加護】【蹴飛ばしの加護】【擬態の加護】【剛力の加護】【影化の加護】【吸血の加護】【感知の加護】【天歩の加護】【鉄胃袋の加護】【鉄歯の加護】【地獄炎の加護】【特級剣術の加護】【脊髄超反射の加護】【魔力生成効率強化の加護】【魔射の加護】【暗視の加護】【遠目の加護】【氷結生成の加護】【氷結浸食の加護】【審美眼の加護】【覇王眼の加護】
耐性加護：【毒耐性の加護】【麻痺耐性の加護】【腐食耐性の加護】【氷結耐性の加護】
魔眼：【未来死の魔眼】
呪い：【聖女の呪い】
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最新話まで読んでいただきありがとうございました！
これにて【一章完結】です。
ブクマやポイント等で応援して下さった皆様、誠にありがとうございました！
続編はだいぶ先になるとは思いますが……しばしの間お待ちください。
では、最後に。
【勇者からのお願い】
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