第六話 深層
ちゅんちゅんちゅんちゅん。
小鳥の囀る音で、俺は目を覚ます。
周囲を見渡せば、広がっているのは深い緑。
大きな木が乱立し、地面には芝生が広がっている。
――あれ、俺は一体、何をしてたんだっけ?
そんな疑問を抱いていると、奥の方からスカートをたくし上げながら走ってくる少女の姿があった。
少女の姿には見覚えがある。
「あ、モルド! やっぱりここにいましたね……」
「ティナ……? えっと、俺、何してたんだっけ?」
「それはこっちが聞きたいんですけど……またお昼寝でもしてたんですか?」
言われ、気付く。
背中を預けた大木から香る匂い。
周囲の木々と比べても、飛びぬけて大きな木だ。
木漏れ日は温かく、そよ風は心地いい。
「ああ……」
ここは俺とティナの故郷、ダーハ―村だ。
そうだ。
俺はティナと約束をしていて、それを忘れた(フリをして)ここで昼寝をしてたんだった。
「まったく、昨日、加護の授与式が終わったらこれからついて話し合おうって話だったのに、モルドったら無視してどっか行っちゃうんですから……」
「……うるさいな。授与式って言ったって、クラスで加護もらったのティナだけだったじゃないか。というか、そんなに言うんなら、もう進路決めてんのか?」
「ふっふっふっ……当然です」
ティナはまだ発達途上の胸を精一杯張り上げて、宣言する。
「私、ティナ=フルールは偉大な冒険者になることを、ここに誓います!」
「あー、やめとけやめとけ」
「なぜです!?」
ティナは憤慨していた。
同時に驚愕、といったご様子。
おいおいマジか自覚ないのか。
「いいか、冒険者ってのはすごーく危険な職業なんだぞ? そのくせ安定した収入が得られるかなんて分からないギャンブルみたいな仕事だ。おっちょこちょいで箱入りお嬢様なティナじゃ無理だって」
「無理じゃありません! おっちょこちょいでも箱入りお嬢様なんかでもないですから!」
「だってお前、この前俺んちの皿割ったし……ピーマムの炒めものだって食えないだろ? あと、たしかグリフォンの手羽先も軟骨の部分噛み切れないからって捨ててたよな?」
「皿割ったのは本当にごめんなさい……けど、ピーマムとかグリフォンの軟骨とか、冒険者と関係ないでしょう!」
「そうか? 例えばパーティーの備品を頻繁に壊すような奴はたぶん嫌われるだろうし、冒険をする以上、食事に好き嫌いなんかしてられないぞ? 手に入れた食材でできるだけ栄養を取り込まなきゃだからな」
「うぐ! むむむぅ……」
「それに、冒険者って言えば同業者に舐められるのもご法度だ。幼馴染の俺にさえ敬語が抜けないようじゃ、夢のまた夢だろうなぁ……」
ティナは女神教の敬虔な信徒である両親に育てられた。
そのせいもあってか、同級生にも常に丁寧語なのだ。
これはもうクセだ。治ることはないだろう。
「む、むむむむむ!」
涙目になってむくれるティナ。
仕方ないな、と俺はティナの頭に手を置いた。
「仕方ないから、俺も冒険者になってやるよ」
「え……?」
不思議そうな顔をして見上げるティナ。
俺は金色の髪を撫でながら答える。
「確かに俺には魔術の適性もないし、加護なんて特別な人間が貰えるギフトも才能もない。けど、まぁ、家事はできるからな。ティナの身の回りの世話ぐらいはしてやるよ」
「むむむ! また子供扱いして!」
「だって子供じゃん」
「子供じゃありませんもう立派な大人の女です! というかモルドだって同い年じゃないですか!」
「大人の女(笑)。田舎娘が何か言ってら」
「あなただって田舎の芋男じゃないですか!」
ぷりぷりと怒るティナ。
だが、撫でられた俺の手から逃れようとはしないようだった。
何だかんだ、やっぱりまだ子供である。
「ま、ティナが独り立ちして俺をクビにするまでは一緒にいてやるよ。やることもないしな」
俺がそう言うと、ティナは顔を真っ赤にさせる。
「じゃ、じゃあ……ずっと、一緒ですか?」
「……え、何お前、一生自立しないつもりなの?」
「ち、違います! えっと……その……そうだ、逆! 逆ですよ! 私がモルドを養うんですから!」
「へぇ……それはそれは……」
俺は思わず緩んでしまう口元をバレないように後ろを向いて。
「あんまり期待しないで待っててやるよ」
照れ隠しに、そんなことを言うけれど。
頭の中で想像して、心臓がバクバクと跳ねるのを隠すのに必死だった。
俺と違って、才能があって、優しくて、でもちょっとだけ子供っぽいところがある可愛げもあって。
俺はどこまでいっても凡人だから、ずっとは一緒にいられないと、そう思っていたけれど。
それでも……願わずにはいられなかった。
どうか、彼女が幸せに笑える未来が来ますように。
彼女の温かな笑顔が曇るような未来が来ませんように。
――それ以上はいらないから、どうかお願いします。
教会で拝む際、俺は信じてもいない女神とやらにそう願わない日はなかった。
――――――――――――――――――――
目を覚ますと、そこは冷気に満ちていた。
手はかじかみ、吐く息は白い。
どれだけ寝ていたのだろう。
優しい夢を見ていた気がするが、内容までは鮮明に思い出せない。
代わりにこれまで起こった出来事はフラッシュバックするように思い出した。
パーティーから追放されて、ティナと死線を潜り抜けて。
……そして、ティナを失って。
思えば、必死に抱き締めていたはずのティナの亡骸はどこかに消えていた。
託されたはずの転移結晶も見当たらない。
そうだ。
俺は、橋が崩れて、落下して、それで……?
生き残ったの、だろうか?
「ここは……」
どこだ?
視界に入る情報を必死に処理する。
「あ……あぁ……」
そして、一つの結論へと至る。
地面や壁は、白濁色。
それはなんというか、大理石と氷が混ざったような、目にしたこともないものでできていて。
けれど、直接目にしたことはなくとも、見覚えはあった。
パーティーの雑用係として、ギルドの資料を読み漁っていたときに目にしていたから。
そこは、S級の冒険者パーティーがたった一度だけ足を踏み入れて。
そして、逃げ帰ったとされる場所。
肌を突き破るような寒さが、ここを死地だと訴える。
見たこともない景色が、ここが人の踏み入れるべき場所じゃないことを証明する。
ここはSSSランクダンジョン『タオラル大迷宮』、第90層以下。
――――深層、未開拓領域。
【勇者からの嘆願】
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