第五十九話 世界の「本当のこと」
『そんな呆けた顔をするでない! ついでじゃ、SSSランクダンジョンに加えてこの世界の『本当のこと』を貴様に教えてやろうぞ』
そうやって聞かされたのは、故郷の教会で聞かされたものとは全く異なる、驚くべき歴史と真実であった。
それは世界を裏切ったもう一人の神と、創世神の加護を一身に受けた者たちの壮絶な戦いの物語。
今や地上では文献も見つからないほどの昔、神話の時代と呼ばれていたときの話だ。
今となっては「神話」の時代などとされているが、神が当たり前に地上を闊歩していたわけではない。創世の女神テレシアの言葉を聞ける人間、『予言者』が数人いた、というだけの時代だ。
その時代――世界は平面ではなかった。
球体の青い世界。多くの大陸や島々が広がるそこには様々な人種や魔族、宗教、文化が存在していた。
人々はそこにあるまま生活を営んでいた。無論、真っ当に平和な時代だったわけではない。
国同士の争いはあったし、血は流れた。ただ、戦乱と平穏の時を行き来する、超越者や悟った者からすれば「愚か」とも言える、人が営む時代であった。
しかし、そんな時代にも終焉が訪れる。
テレシア教の予言者が『破滅の予言』を受けたのだった。その内容は何と、女神テレシアと共に存在していたもう一人の神、テレサが離反し、世界に破滅をもたらすというものであった。
他の宗教と異なり、『加護』という形で神の存在を確信していたランデルシア大陸に住む人間たちの間には激震が走った。
一神と疑わなかった神が二人おり、しかもそのうち新たに判明した一人の神は世界に崩壊を招く存在だというのだ。人々は混乱し――しかし、絶望はしなかった。
その翌年から明らかに戦闘系の加護を受け取る者が増え、他の大陸の国々とも連携し、予言を頼りにしながら対策を立てていった。
だが十年後、実際に侵攻が始まったその時、人間や魔族たちは手も足も出なかった。
テレシアが人々に加護を与えたように、テレサも人や魔物に加護を与えたのだった。
テレシアが数を優先したのと異なり、テレサは質を重要視した。
荒天十二使徒。
そう呼ばれた化物たちは、そこに住む人々を虐殺し、大地や海を破壊、汚染していった。
しかし、戦乱の中、状況は一変する。
一番最後に残ったランデルシア大陸にて、『槍神の加護』という規格外の加護を受け取ったランス=ランドルドという名の少年が現れたのだ。
少年ランスが一度槍を振るえば大地は爆ぜ、山々が抉れるほどのものであった。
ランスは一身の期待を背負い、いくつもの戦場を駆けた。使徒が従える数々の魔物を打倒し、その度に生還したのだ。
常に戦争の最前線に常にいたランスは、多くの優秀な仲間たちとの死別と向き合うことにもなる。そして、その死と向き合うたび、ランスは仲間たちから『呪い』という名の『願い』を受け取ることになる。
他者の魂の一部を己の魂に取り込む……そんなことを数千数百と繰り返したが、しかし、ランスは倒れなかった。呪いを受け、それでも死ぬことがなかったランスは数々の異能を獲得し、文字通り最強へと至ったのである。
さらに、ランデルシア大陸の東側にある、当時は過酷すぎて人は住めず、一部の魔物と魔族しか生息できなかった土地――同じ大陸内にありながら「魔大陸」と呼ばれたそこに、ランスと同様、優れた才を持った魔王ラーが現れた。
加えて、テレシアの計らいにより死者の世界である冥界から冥府の王ヘルが世界樹ユグドラシルの通過を許可され、戦線に参加。
ランス、ラー、ヘルの三英傑は二体もの『使徒』を討伐し、さらには現界した荒神テレサに瀕死の重傷を与えて天界へと追い返した。
侵攻が緩んだそのタイミングで複数の魔術師と協力し、大陸とその周辺の海を囲むように魔法結界を展開。以降、「世界が崩壊の危機にある」という歴史は魔法の結界により忘却され、一部の人間を除いてその歴史を知る者はいなくなった。
これにより、戦時中や終戦直後のように絶望して自害する者などはいなくなったのだ。
だが、使徒による脅威は去ったわけではなく、結界の内側に時折侵入しては被害を与えている。その度に世界の真実を知る『勇者』たちが派遣され、討伐や封印、追い返しなどをして使徒と戦っているのだという。
使徒による被害は災害とされ、勇者たちは救出した人々の記憶を魔法によって改ざんすることで世界の調和を守っている。
その仮初の平和の中で人々に戦意と成長の向上を促すためにテレシアと勇者たちによって作られたのが、三大迷宮とされるSSSランクダンジョンというわけだ。
「そうか、だからモンスターたちは【加護】って形で異能を持ってるんだな。元々がテレシアの創造したものだから……」
『うむ……というより、元々魔物も人間も、その原初を作ったのはテレシアじゃ。じゃから、人間に関わらず魔物に加護を与えるのも自由というわけじゃな。今やダンジョンの外にいる魔物にも加護持ちはおる』
「人同士の争いを起こさせず、平和な世界を実現した上で分かりやすい『脅威』をつくるために、か」
『うむ……というのが真実の歴史なわけじゃが、どうじゃ? 面白かったか?』
「神話や英雄譚として出来過ぎだとは思うよ……正直、信じられないって気持ちが強いけど……でも、ここでお前が俺たちに嘘を吐く意味が分からないし、地上に出て勇者を探し出して確認をとれば嘘かどうかは分かる話だ。だから「本当のこと」だと思って受け入れるよ……いくつか質問があるけどいいか」
『うむ、許そう』
そう氷の顎をしゃくってヘルに続きを促され、俺は頷きを返した。
「俺たち人間の探求力ってのは凄まじいもんだ。にもかかわらず「世界は球体かもしれない」「海の先にはもしかしたら世界の果てなんてないかもしれない」なんて考えを出した学者も、それを探索しようと船を出した冒険者や飛んで確かめようとする飛竜乗りも存在しなかった。これも結界とやらの影響か?」
『だろうよ、既存の世界に疑問を持つようなことはなくなっているはずじゃ』
「……なるほどな、だったら例えば大陸東端にある『ヤマツ』って都市みたいな、明らかに異なる文化圏、思想によって形作られた文化のはずなのにその起源を知ることができなかったこと、知ることができなかったはずなのに違和感を持たなかったこと、これも……?」
『結界の効果によるものじゃろうなぁ。ヤマツに限らず、民族単位で大陸の外側から救出してきた者達は多くいたからの。大陸の内側に異なる文化が根付き、しかし記憶改鋳を行わなければならなかったのでな、矛盾を隠すための措置というやつじゃろうよ』
ヘルの返答に、俺は思わず「はは……」と乾いた笑みを浮かべた。
……スケールがあまりにもデカすぎる。しかし、確かにこれくらいのことはできなければ、明日にも崩壊するかもしれないという世界で、しかも実際には『使徒』と呼ばれる敵によって理不尽に命が失われる被害が引き起こされているという状況で統治はできないだろう。
結界が破られることもある……ということは、これまで本当にギリギリの状態で綱渡りが続けられてきたのだろう。
それが……信じ難くとも、この世界の「本当のこと」なのだ。
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