第五十一話 VS氷結浸食
数千もの攻撃を完璧に凌ぐことなどできるわけがない。
となればやることは一つ……取捨選択だ。
首や頭、心臓など、【ヒーリング】で対処できず即死に繋がる可能性のある箇所を重点的に守り、それ以外には目を瞑る。
最悪、腕や足が吹っ飛んでも治せるから大丈夫――そう、思っていたのだが。
『モルド、腕が!!』
「ぐ――――なっ!?」
深く裂かれた右の腕。
そこに強く意識を向けるも、切られた傷が修復することはなかった。
それどころか――
「傷口から凍った!?」
そう、右腕にできた裂傷は、そこから冷気を吐き出しながら凍っていたのだ。
傷口が凍り付き、治すことができない。
それどころかその氷結は広がる毒のように浸食し、ついには右腕を丸ごと凍らせるところであった。
「――ッ、レーヴァ!!」
『ええ!』
俺の呼び声に答えるように、右手に握っていた〈レーヴァ〉がするりとその場を離れ、空中に浮かぶ。
契約した後の戦闘で分かったことの一つ。
契約した魔武器はある程度自在に動かせる、というものを使ったのだった。
そして、浮かんだその後は――
「ぐぁぁああっ!!」
右腕を、肩口から『絶断』にて切り落とした。
【ヒーリング】による再生を――、とその前に氷剣が降り注ぐ。
当然、この機を逃すわけもないということか。
「――ッ、【ファイアボール】! 【ファイアボール】! 【ファイアボール】! 【ファイアボール】! 【ファイアボール】!」
即興で構築した炎の球体でそれらを破壊していく。
魔力SSによって高められた威力と、魔術適性Sによって成り立つこととなった魔法名を叫ぶだけという超高速詠唱によってその場を凌ぐ。
氷と炎がぶつかり合い、小爆発とともに煙が吐き出される。
その間、俺は引きながら右腕を再生した。
ボコボコボコボコと、肉を盛り上げながら治癒させ、地面に刺さっていた〈レーヴァ〉をその手に戻す。
「えげつない手を使いやがるぜ、さすがにこれで手札は出し切ったか?」
『――――――』
返答はない。
煙の晴れた先で、女はただただこちらを睥睨していた。
一歩。
その一歩を踏み出せば、攻撃が再開すると直感する。その上で――、
「――――ッ!」
俺は走り出した。
もはや矢ではなく、氷の面がそのまま押しつぶしに来たかのような錯覚を覚える氷剣の群に向けて、蛮勇のように駆け出した。
「レーヴァ!!」
『わかってる!!』
手に戻した〈レーヴァ〉を再び中空に放り投げる。
白銀剣を追尾するように操作しながら、俺は空いた両腕に魔力をこめる。
「【ファイアボール】!」
「【ファイアボール】!」
「【ファイアボール】!」
「【ファイアボール】!」
「【ファイアボール】!」
氷剣に浮かぶ線、その中でも特に濃ゆく、線同士が絡み合っているような箇所に向けて炎球を撃ちつけていく。
足無し魔術師から会得した【魔射の加護】によって強化された魔術における精密射撃を可能にしていた。
同時並行的に、〈レーヴァ〉を操作して氷剣を破壊する。
顔と胴体が斬りつけられるのは絶対に避けなければならない。
そのことに気を付けつつ、破砕を続けて前進する。
左手の指先が裂かれる。
右腕が裂かれる。
左の太腿部が裂かれる。
右の脹脛が裂かれる。
そのたびに氷結の浸食を防ぐため〈レーヴァ〉で切り落とし、再生、前進する。
前へ。
前へ、前へ、前へ、前へ。
もはや後退するという選択肢は打ち捨てている。
このような芸当、そう長くは続けられない。
魔力はSSまで上昇しているとはいえ、四肢を新たに再生し続け、身体能力を強化しつつ、魔術も使っているのだ。
いや、魔力よりも先に脳が潰れるかもしれない。
そうだ、だからこそ――
「――ここで決着をつける!」
宣言と同時、後方で旋回していた影から三匹の氷狼が飛び出すのを『感知』する。
前方からは二匹の氷狼を視認。
「『毒肢』ッ!!」
後方三匹、前方一匹の氷狼を背中から生やした黒ムカデで破壊する。
前方一匹は空中操作しているレーヴァで『絶断』する。
『――――――』
奴の薄氷の瞳に初めて焦りの色が見える。
彼我の差は五M。
さらに勢いを増して殺到する氷剣。
その悉くを、『毒肢』、〈レーヴァ〉、【ファイアボール】を形振り構わずぶつけて撃ち落とす。
「――――――」
『――――――』
一足一刀の間合い。
奴はその手に自ら剣を握った。
襲い来る外敵を近づけまいと、氷剣をより一層と撃つ。
だが、敵は止まらない。
腕を裂いても足を裂いても止まらない。
故に。
故に、その剣を敵の胸へと突き立て――――
――だが、その感触がまるでないことに驚愕する。
『!!』
驚愕するヘルに向けて、俺は後ろから斬りかかった。
(遅効性【ファイアボール】+【擬態の加護】――再臨ってな)
前進する際に『擬態』で透明化してゆっくりと近づかせていたファイアボールを、さらに俺自身へと『擬態』させたのだった。
ファイアボールを俺へと変化させたそのタイミングで俺は『影化』を開始したのだ。
これで――
「――殺ったッッ!!」
ヘルは驚愕の表情を浮かべて振り返る。
これで、剣を振り抜き、奴の『線』を断てれば――――
――瞬間、世界が凍りついた。
(……は?)
身体がピクリとも動かない。
剣を振りかぶった体勢のまま、その場に立ち呆ける。
声も出せず、ただただ茫然として。
そして、奴がゆっくりと俺の胸に剣を突き立てたのを知覚した。
そうか。
世界が停止したのではない。動けなくなったのは俺自身。
それが加護によるものなのか、魔眼によるものなのかは分からない。
だが、奴の氷のような眼に射竦められ、でくの坊になったのは、紛れもなく俺自身。
「――ぁ」
声にならない声が漏れる。
突き立てられた氷剣から浸食するように身体が凍りついていく。
それは全身を覆い、やがて顔まで覆って。
『ふふふ』
ヘルの歪んだ笑みが、闇へと消えていく。
意識が消えるその寸前、『一人にしないで――』と、誰かの呟く声が聞こえた。
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