第四十九話 第百層BOSS・氷獄のヘル
「ふぅ~っ、喰った喰った」
パンパンに膨れ上がった腹を見て、思わずそう零しつつ、最後の層に続く長く巨大な階段を下っていく。
『にしても、モルドってば本当に面白体質してるわよねー。やっぱ人間じゃないかも』
とは、鞘の中でカチャカチャと音を立てるレーヴァの言。
この剣どっかにぶん投げてやろうかと思うが、グッと堪える。
レーヴァの言いたいことも分かるのだ。
九十九層では壁や地面を破壊しながら魔物の再発生を防ぎつつ、跋扈していた数百は超える魔物たちを喰らいつくした。
だというのに、俺の腹ははちきれることなく全てを収めることができた。
レーヴァと出会った部屋で巨大な白ムカデを喰らったときもそうなのだが、これほどの量を喰い切れるというのは明らかにおかしい。
おまけに体から排出される糞便の量は常人だった頃(ポーターをやっていた頃)と変わらないのだから驚きだ。
この栄養吸収能力? に関係するような加護はないので、おそらくは転化種に備わっている体質なのかもしれない。
「…………」
などと考えているうちに、そろそろ階段を下り終わるようだ。
同時に、ギュルンッという音を立ててお腹がひっこまる。
「………………」
『面白ビックリ体質……』
「黙れ」
腰に差した〈レーヴァ〉を平手で叩くと、『あうっ』と声を上げて静かになった。
最後の階段を下り終えて、俺は百層目――ギルドではSSSランクダンジョン最後の層と呼ばれていたそのフロアに満を持して足を踏み入れた。
「――――」
そこには通路はもちろん、直前の九十九層のように広間すらなかった。
あるのは天を突くような二本の松明と、その間に聳える巨大な両開きの扉だけ。
扉は無機質な鉄製のものだ。
その大きさは十Mを超え、九十五層のミノタウロスの広間前を思い起こさせる。
しかし、そこに華美な装飾はない。
扉の中心に描かれている……というより〈共通言語〉で彫られたその文字は――
『……氷獄の、ヘル』
「知ってるのかレーヴァ」
『ええ、にわかには信じ難いけど……ね』
言って、息を呑む――剣状態なので息なんて飲めないのだが――レーヴァはただならぬ雰囲気だ。
『もし、ここにいるのが本当に私の知ってるヘルなら……弱点なんて期待しない方がいいわ……いいえ、そもそも近づけるのかさえ分からない。だって『彼女』は――――』
――――――――――――――――――――
鉄製の扉を開いて中に入ると、広がっていたのは深い闇だった。
開けた瞬間に、これまでとは比べ物にならないほどの冷気が肌を撫でる。
呪いに反応する【ヒーリング】が発動せず、これがただの環境的な問題だと分かった。
慎重に足を踏み入れる。
目を凝らし、耳を傍立て、【暗視の加護】と【遠目の加護】、【感知の加護】を用いながら中の様子を確認する。
しかし、索敵に引っ掛かるものは何もなかった。
感知できたのは広間の周りを囲むように並んでいる、扉の横にあったのと同じ高い背丈の松明ぐらいだ。
「――――ッ!」
一歩二歩と進んでいると、部屋に変化が生じた。視線の先の地面が青く発光しだしたのである。
同時、囲むように並んでいた松明が青く燃え上がる。
晴れた視界で確認すれば、そこには巨大な魔法陣が描かれていた。
――そして。
『――――――――――――』
もう一度激しくフラッシュした光が収まり、魔法陣を走る青い稲妻が静まって姿を現したのは、一人の女であった。
背丈は160Cほど。
女にしては高い方だが、少なくともあの巨大な扉からは想像もできないほどに矮小な体躯。
だが、その存在感は俺たちの緊張感をさらに高めた。
薄青の長髪から覗かせる前頭、側頭合わせて都合四つの山羊角。
その頭の上には氷でできた細い王冠を被っており、身を包むのも氷で装飾されたドレスだ。
ドレスに袖を通した腕を見てみれば、色素の剥落したような……とても生を維持しているようには思えない肌。
こちらを見据え動かない瞳は、凍り付いた氷玉のようだ。
「あれが……」
『……ええ、間違いない。あれが――冥府の初代王』
鞘の中でレーヴァが呟き、思わず戦慄する。
レーヴァが言っていた彼女の正体。
それが、現世とは異なる時間の歩み方をする冥界〈フェレ〉において、数千年前に降臨していた始まりの王にして、悪魔の中で史上最強と謳われる存在だった。
そんな存在が、なぜこんなところにいるのかは分からない。
魔物なのか、悪魔なのか、それともただの生ける屍なのか。
「……でも、そんなのは関係ねぇ」
俺は一歩、また一歩と歩き出す。
「理不尽は殺し尽くす――そうだろ?」
俺が問いかけると、鞘の中でレーヴァが跳ね、同意を示す。
俺は白銀剣〈レーヴァ〉を引き抜き、女――氷獄のヘルと向き合った。
ヘルはこちらに手を向けて――、
『――深淵に至りし者よ、余にその価値を示せ』
言葉の次に、空中に展開した数千数百の氷剣を振り下ろした。
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