第四十六話 復讐
「――――づぁッ!?」
頭痛とともに、意識が引き戻される。
「いたたたたっ……!」
見れば、目の前のレーヴァも同じように頭を押さえていた。
場所は氷の大地――レーヴァのセカイに戻っている。
「あれは……記憶?」
直前の、少女の目線に立って見ていた景色と時間を思い出す。
永遠とも思える闇。
永遠とも思える時間。
永遠とも思える孤独の中、擦り切れていく少女の――
「……ええ、そうよ。『ルーツの共有』。契約の儀の途中に行われるものね」
「まるで、記憶を追体験したみたいだった……その場にいて、俺がお前になっていたみたいな……というか!」
俺は一間入れて、レーヴァに詰め寄る。
「俺、まだ契約するとは言ってないんだが!」
「心配しなくても大丈夫よ、別に今からでも契約は破棄できるわ。……で、どうだった? 私の真意……私の『利益』については理解できたかしら?」
「…………」
そう、明るく問いかけるレーヴァに思わず戸惑ってしまう。
それは、俺が知ってしまったからだ。
彼女の過去を。彼女の願いを。
「……復讐、だな。『利益』って意味では、人型での存在維持のための魔力供給も含まれる……ってところか?」
「またまた正解!」
からからと笑うレーヴァ。
しかし、その琥珀の瞳には真剣味が含まれている。
「私が求めるのは復讐よ……そうしないと、私が前に進めないもの」
復讐は何も生まない……なんて常套句、言えるわけなかった。
だってそれは、第三者の、外側から物事を眺めている傍観者のセリフだ。
大切な者を奪われて。
自分が大切にしていた何もかもを突然失って、恨まない方がどうかしているというものだ。
「一つ聞きたいんだが……お前がこの迷宮に来てから、四百年は経っているんだよな? それでお前が望む復讐は成せるのか?」
「問題ないわ。……冥界の役割については知ってるのよね?」
「ああ、死者の魂についてる自我や感情、記憶といった不純物を取り除くために生前の後悔や罪を洗い流す……平たく言えば成仏を促すってやつだろ? そしてその魂が天界に還されて、それを女神テレシアが新しい命の元へと吹き込むっていう……」
正直、こいつに出会うまでは宗教物語の中だけの話だと思っていたんだけどな。
「またまたまた正解――でも、成仏するまでの時間は個人差があるはずでしょ? けどそれを理由に新しい命に使う魂のストックがない、なんてことになったら大変よね。だから……」
「冥界では、流れる時間のスピードが違うってことか」
「そういうこと。正確には現世の三百六十五分の一の速さね。現世にとっての一年が、あっちの世界では一日なの」
ということは、こちらの世界で四百年経過していたとしても、あちらでは四百日。一年とちょっとぐらいか。
それなら、レーヴァの復讐相手……兄も生きていることだろう。別の悪魔に殺されていなければの話だが。にしても――
「復讐……か」
「軽蔑した?」
「……んなわけねぇだろ。さっきまで、俺はお前だったんだぞ」
「ふふ、それもそうね」
レーヴァは微笑んで、耳に掛かった銀髪をかきあげた。
その、短くなってしまった髪に俺が一抹の寂しさを覚えていると――
「あなたは――復讐をしようとは思わないの?」
レーヴァは、そう問いかけてきた。
そういえば、そうだ。
彼女も先ほどまで俺だったのだ。
だとしたら疑問で仕方がないのだろう。
俺自身もあまり向き合えてなかったことなので、考えながら言葉を紡ぐ。
「言われてみれば……俺は別に、復讐したいとは思わないな」
「どうして?」
「確かに恨んでる。……だけど、そんなことよりやるべきことがあるから、かな」
「大切な人……ティナって人を生き返らせること?」
「もちろんそれもある。けど、それだけじゃない」
俺は胸に手を当て、己の魂に答えを確かめるようにしながら言葉を続けた。
「街にはさ、たくさんの大切な人がいるんだ。よくしてもらった人とか、あと、どうしても気になってしまう後輩とか」
思い出すのは迷宮街ラビリスの人たち。
全員が全員、善人というわけでもなかったし、特に冒険者なんかはクセの強い連中が多かったけど、信頼できる人も、お世話になった人もたくさん居た。
アドバイザーとして親身に話を聞いてくれたギルドの受付嬢、冒険帰りに寄るとよく割引してくれた『てばやきクン』屋の店主、ポーターの同僚や後輩たち、道具屋や武器屋の鍛冶師……。
目を瞑って思い浮かべるだけで、そんな、たくさんの大切な人たちがいる。
「だから今は、早くそんな人たちと再会したいって想いの方が強いんだと思う……まぁ、ティナを生き返らせる云々ってのがバレたら、そんなこと言ってられる場合じゃなくなるんだろうけど」
頭を掻きながら言う俺に、レーヴァは寂しそうに目を細める。
裏切られた気持ち、なのかもしれない。
俺は真の意味で、彼女のように孤独ではなかったから。
「あなたは……あれだけのことがあって、世界がそんなにも綺麗に見えるのね」
「ああ……美しさを、教えてくれた人がいたからな」
世界で一番愛している人。
命を賭けてもいいと思えるほどには大切な人が、教えてくれた。
世界は残酷で、けれど美しい。
――だから。
俺は彼女の琥珀色の瞳を覗き込んで、それを口に出した。
「決めた――結んでもいいぜ、その契約」
「えっ、ホント?」
「ああ、ただしそれには条件がある!」
俺はピシャリと彼女に人差し指を向けた。
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