第四十五話 研ぎ澄まされた剣
そこにあったのは一つの剣だった。
少女の眼前に迫る剣。
庇うように身を乗り出す女の姿。
『あなただけでも逃げて、レー……っ』
それが女の――少女の母親の最期の言葉だった。
一刺しだけではない。
何度も何度も何度も何度も何度も。
炎が燃える部屋の中、少女の母親はメッタ刺しにされた。
飛び散った泥のような血を顔に浴びて、少女は走る。
少女の視線の先にあったのは一枚のスクロールだった。
少女の手が魔法陣に触れ――紫紺の色が燃え盛った部屋の中で光る。
そんなことはさせるかと、先ほど少女の母を殺した血走った目の男が迫る。
男の手が迫る、その直前。
光は少女を包み込んだ。
――――――――――――――――――――
光が晴れたとき、少女が居た場所は神々しくも恐ろしい場所だった。
天井から降り注ぐ白い光。
氷とも大理石とも見分けがつかぬ、白濁の壁。
何よりSSSランクダンジョン深層域の『呪い』が、少女の魂を侵した。
まるで氷山の中で一人遭難したかのように絶望を感じさせる寒さ。
少女は『呪い』を跳ねのける【回復魔術】など習得していない。
少女はしばらくの間、部屋の中で泣きじゃくっていたが、そのままでは命を繋ぎ止めておくことができない。
扉を開け、外にでる少女。
そして目についた魔物に向かって習得していた風の魔術を放つが――まるで歯が立たない。
逆に攻撃を受け、噛みつかれ、死にかけたそのとき、少女は『剣』になった。
魔物たちが困惑の表情を浮かべて去ったあと、少女もまた、部屋の中へと去っていった。
部屋に逃げ戻った少女は、自分が召喚された台座に駆け寄った。
台座に描かれた魔法陣。
それに向かって少女は泣きながら手を伸ばす。
少女は様々なことを試した。
魔力をひたすら注いだり、指を風の魔術で切って血を流してみたり、長く伸びた純銀の髪を捧げてみたり。
……けれど、台座の上の魔法陣は何の反応も示してくれなかった。
少女は泣き喚いた。
泣き喚いて、泣き喚いて、泣き喚いて。
何度も叫んだ。「家族に会いたい」と。
けれど、そうしていても状況が好転することはない。
少女の魂を『呪い』が侵し、凍えるような寒さに震える。
何も食べていない状態が続けば、お腹だって減る。
また、不慣れな世界だからか、魔力の消費も酷く激しいように感じた。
少女は台座の上に寝て、『魔武器』となった。
こうすれば少女を蝕むものは何もない。
少女は部屋の天井を見上げる。
先程まで光っていた魔石は、いつのまにかその発光をやめていた。
永遠とも思える時間。
少なくとも数日や、数週間ではない。
数十年、数百年……数える手段も数える気も起きない少女は闇を見つめ続けた。
少女は剣の状態で「一、二……」と数をかぞえた。
それが一日分の八万六千四百秒に至ったら、その時だけ人型に戻って風の魔術を壁に撃ちつけた。
線を刻み込んで、それが五つ分――五芒星の形を描けばそれでワンセット、五日分。
そうやって大体の時間の経過を実感することだけが、少女の狂気的な正気を保たせていた。
家族に会いたい?
そんな願いはもう、成就しない。
父は燃えて灰となり、母は目の前で殺された。
唯一残った肉親の兄は、母を少女の前で殺した実の犯人だ。
少女は元々、家の中で大事に大事に育てられてきた。
ゆえに、冥界に戻ろうとも、少女の味方になってくれる者など一人もいない。
少女は泣き叫びたかった。
けれど、白銀の剣となった少女に声帯はない。
その柄を握る相手がいなければ、声を出すことすらできない。
一日一回人型に戻ったとしても、壁に一度魔術を叩きつけただけで意識を失いそうになる。
そうやって過ごして――四百年。
果てしない闇。
果てしない時間。
擦り切れていく心。
そんな中で。
――殺してやる。
そんな、擦り切れながらも研ぎ澄まされた剣のような殺意だけが、少女の生きる理由だった。
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