第四十四話 キス
「――え?」
「じっとしてて、モルド――」
俺が聞き返す間もなく、俺の唇はレーヴァの唇で塞がれてしまった。
柔らかな感触。
罪悪感を刺激するような甘い香り。
熱く濡れる、唇の先。
蜂蜜のような琥珀の視線に、どろりと意識が奪われる感覚。
――瞬間、世界が切り替わった。
「ここは――」
目の前に広がるのは一面の銀世界。
風はない。
音もない。
空は夜。僅かな星の光だけが氷の大地を照らしている。
大陸北端にあるような風景だが、一つ異様な点を挙げるとすれば――
「――剣?」
銀世界を埋め尽くす、無数の剣。
それだけが、この風景を幻想のものだということを教えてくれる。
「ここは私のセカイよ。契約するにはモルドをここに連れてくる必要があったの」
隣に立つレーヴァがそう告げる。
そうか、これが彼女の……セカイ。
だとしたら、なんて美しくて、痛々しい景色なのだろう。
「にしてもいきなりキスすることはないだろ。だいたい俺には心に決めた人が――」
「関係ないわね! 私は私がしたいタイミングでしたい相手にキスするの。あなたの事情なんて知らないわ」
「この女は……」
なんという傍若無人っぷり。
魔性の女?
いや、イメージとしては田舎のガキ大将が一番近い。
「というか、セカイに入るためには不意打ちのキスは必須だったのよ。「魂が震えている状態」じゃなきゃセカイへ入ることはできないから……って、キスの話はこれぐらいにして……」
俺にとっては超重要な話をあっさりと流すレーヴァ。
彼女は「そうね……」と零しながら説明を始めた。
「契約っていうのは、お互いの魂を結びつける「縛り」のようなものなの。例えるなら……『私のこれをあげるから、あなたのそれを頂戴。約束破ったら罰金ね』って感じかしら」
なるほど。
利益を与え合う者同士がウィンウィンの関係を結んで。
その約束を破ったら……つまりは一方が利益をもたらすことをやめれば罰が下るということか。
「その契約ってやつの、メリットとデメリットは?」
「そうね……メリットはもちろん、利益を享受できることね。今回のケースだと、あなたが私の持つ【絶断の加護】をいつでも自由に使えることができるってことかしら」
「ん? 今までも普通に使えてただろ?」
「それはたまたま私の気が変わらなかったからよ。今の状態だと『魔武器』になっていても私の意志次第で【加護】はオンオフできるし、自由に人型にも戻れる……だからさっき、モルドの判断と反して私の首は跳んだわけね」
「……なるほど、契約をすれば意図して〈レーヴァ〉にしておくことができて、【加護】も自分の意思で使えると……文字通り『縛り』ってことだな」
レーヴァは「正解!」と言って笑顔で頷く。
「逆に言えば、あなたと契約を結んでいない今、あなたよりも強そうな人間が現れたとして……。【加護】を使わなくしてあなたを殺させた挙句、鞍替えすることもできるわ。例えるなら夫を裏切って音信不通になり、別の男に股を開く浮気女みたいな感じね」
「生々しい例えするなよいや分かりやすかったけど!」
俺の抗議に、やはりレーヴァは妖艶な微笑みを返す。
「でも、契約があればそんなことはできないわ。それで、デメリットについてなんだけど……これは私の『利益』にあたる部分。そして、あなたの『縛り』になる部分ね」
「レーヴァの『利益』に、俺の『縛り』……」
「そしてそれを破ったら罰が下る。そうね、たぶん四肢欠損して発狂して死ぬわ。世界のルールに刻まれてることだから、あなたの【呪い】も効かないと思う」
「怖すぎだろ契約……」
「でも、リスクを背負うに足るメリットはあるでしょ?」
そうだな…‥。
あらゆる物質を切断する術式。
これと、俺の【眼】の力をかけ合わせれば、一撃必殺が可能だ。
これからの困難――この迷宮の攻略や地上に出た後のこと――も考えれば、大きすぎるくらいの『利益』だろう。
「……それで、お前の欲する利益ってなんだ? 俺にお前みたいな悪魔に与えられるものなんて考えられないんだけど……寿命とか?」
はぁ、とレーヴァはあからさまに溜め息を漏らす。
「違うわよ……そうね、説明するより直接見せた方が早いかも、というわけで……」
「へ? いや、ちょっと待――――」
俺の静止を振り切り、がっちり両手で俺の顔をホールドしたレーヴァ。
「ん……」
再び押し当てられる唇。
甘い芳香と湿り気のある感触に頭の中がぐわんぐわんと揺らされる。
あ!? コイツ舌入れて来やがった!!
――そう思ったのと、同時。
俺の頭の中に、鮮明な映像が流れ込んできた。
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