第四十三話 吐露
『じゃあ軽―く説明するわね。ホントに軽―くだから』
そう言った彼女は、本当に軽―く補足をしてくれた。
彼女のように強力な『魔武器』に変身できる変角種は、政治的な争いに巻き込まれやすいとのこと。
そのため、レーヴァは本来なら成人するまで実家の庇護下で過ごし、結婚の道具……と言ったら聞こえは悪いが、そうなる予定だったのだそうだ。
窮屈さは感じるものの、幸せな生活を送っていたというレーヴァ。
しかし、政争は時に……血の繋がった肉親同士でも繰り広げられる。
レーヴァの兄はアウレンベルク家に従う多くの分家の庇護を受け、実の父親に牙を剥いた。
結果として。
実家に火を放った兄はレーヴァを追い、巻き込まれた父と母は死亡。
母に最期に託された、一回限り使用可能なスクロールの転移魔法陣を起動させ、SSSランクダンジョン『タオラル大迷宮』に逃げ込んだのだそうだ。
「…………」
なるほどな。
だから〈レーヴァ〉が置いてあった台座には、あんな奇天烈な魔法陣が描かれていたのか。
「……で、あの部屋に入った後はいろいろ試してみたわ。魔法陣に魔力を流してみたり、食料となる魔物を探してみたり……馬鹿よね、一回限りで燃えるスクロールだったんだから魔法陣は使えるわけないし、【加護】も使えないんだから深層の魔物に敵うわけないのに」
「……死にかけたのか?」
「まーね、喰われる直前に剣状態になって……っていうので切り抜けてたけど、すぐに限界は来たわ。人型の状態だとお腹は空くし、体調は悪くなるし、だったから。それで大人しく『魔武器』になって元いた場所で拾ってくれる人を待ってたってわけね」
「それは…………お前も、大変だったんだな」
「まーね」
そう言って、苦笑いするレーヴァ。
俺はマズったな、と思い頭を掻く。
(大変だったんだな……か)
我ながらなんて軽薄な言葉なんだろうと思う。
彼女がどれくらいあの場所にいたのかは分からない。
もしかしたら数か月のことだったかもしれないし……数年、数十年のことだったかもしれない。
もっと言えば。
彼女は、俺のように我武者羅に足掻くこともできず、一人、真っ暗な闇の中で石のように固まっていたのだ。
……何という生き地獄。
少し想像しただけで、その意味の一端を知っただけで怖気が走った。
「…………」
俺が発言を顧みて押し黙っていると、レーヴァはカラカラと笑って。
「ま、これで私の話は大体終わりね。じゃあ次は、モルドの話を聞かせて」
「え? 俺?」
「当然じゃない。そもそも私の首がぶった切られたのって、モルドの呪い? を知らなかったのが原因でしょ? だったら私もあなたのことを知らないと!」
「あー……それはそうだな」
レーヴァの正論パンチを食らい、聞くことしか考えていなかった自分を少し反省する。
「…………わくわく」
キラキラと目を輝かせるレーヴァ。
「うーん……」
レーヴァの信用を得るためにも、全てを話した方がいいだろう。
だが……うん。
物語の筋を伝えるように、かいつまんで説明しよう。
その方が理解もしやすいというもの。
レーヴァだって、言いたくないことは口にしていないはずだ。
俺はそれを許しているし、彼女だってきっと許してくれる。
必要な部分だけを、必要な分だけ……。
そう思って、口を開いたのだが――
「俺の名前はモルド……モルド・ベーカー。出身はダーハ―村っていう小さな村で……」
一度口に出したら、止まらなかった。
俺は話した。
幼馴染のティナと出会い、そして、それからどんな旅をしてきたのか。
楽しかったこと、大変だったこと、嬉しかったこと。
俺がどれだけティナのことを愛していたか。
「――――それで…………追放、されて――――……」
言葉が止まらなかった。
止まって、くれなかった。
論理的にまとめて話すことなんかできない。
言葉に感情がこもる。涙の混じった声が内側から聞こえてくる。
それでも、言葉は濁流のように次々と口から溢れ出た。
話をしながら、気付く。
「……ああ」
そっか。
俺は、誰かに話を聞いてもらいたかったのか。
仲間に裏切られて。
大切な人を目の前で失って。
それでも、そんなことは認められなかったから。
暗闇の中で藻掻いて、足掻いて、手を伸ばして。
「ああああっ」
強くなりたいから強がった。
魔物に襲われて、魔物を喰らった。
恐怖心に蓋をした。
こんなものはいらないと思った。
無駄だと思ったから。
だって、誰に見られているわけでもない。
俺は、一人だったから。
「あ……あぐっ……あ、あぅっ……あぁ……っ」
全部を話し終えて。
涙は滂沱のように流れ落ちた。
両の手で何とかせき止めようと抑えるが、全然収まってくれそうになかった。
「いや……ちが……俺はこんなことで、泣いてる場合じゃ……っ」
そうだ。
俺に許されていることは、死んだ幼馴染を生き返らせるという結果を残す役割だけ。
それを、何を、人間のフリなどしているのか。
思い出せ、あの記憶の中の自分を。
人を殺すことに躊躇もなく、殺した事に後悔の一つすら感じない少年を。
そうだ。俺は装置なんだ。
世界にとって有益たるティナを生き返らせるための装置。
そのために備わったのが『殺せる』力。逆境に立ち向かえる力。
だから、感情や涙なんていらないはずだ。
そうだ。感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺せ、感情は殺――
「あなたは人間よ」
「――――――」
崩れ落ちそうになる俺を、なにか冷たいものが触れて、支える。
見れば、レーヴァが俺のことを抱きとめていた。
「ライセンス? だったかはたぶん、急激に高まった魔力とか、増えた加護とかで表示を間違えただけよ。人間じゃない私には分かる。あなたはただの人間じゃない――けど、人間。頭のネジをどこかに落とし物しちゃった、人よりちょっと特別な、『ただの人間』」
「――――――」
「だってあなた、そんなに苦しそうじゃない」
なんで。
(なんで、俺なんかにそんな優しくするんだ!)
そんな悪態は、口に出してみようとしても、できなくて。
代わりに。
自分の内側に抱えていた感情が、堰を切ったように溢れ出した。
「なんで俺……こんなとこにいるんだよ……」
そう口に出したら、もう止まらなかった。
「なんで、魔物なんか食ってるんだよ……なんで、体に孔、あけられないといけないんだよ……なんで、下半身ぶった切られなきゃいけないんだよ……なんだよあの記憶……意味わかんねぇよ……痛い、痛い、痛い、痛いよ、怖いよ、気持ち悪いよ、辛い、辛いんだよ……なんで、なんで、なんで……っ」
空気を呑み込んで喉が鳴り、声は上擦る。
「なんで……俺は、あいつを…………っ」
そこまで言って、気が付いた。
そうか。
俺は……寂しかったのだ。どうしようもないほどに。
「うん……うん……」
レーヴァは頷いて、俺の言葉と涙を受け止める。
ああ、ほんと、何やってるんだ俺。
くそ……かっこ悪ぃ……。
「今は、泣いてもいいと思うわよ。私はもう……泣き方も忘れてしまったから」
「――――ぁ」
――そう言えば、そうだ。
彼女も孤独だったのだ。
きっと、俺なんかよりもずっと長い時間、たった一人でこの奈落で過ごしてきたのだ。
擦り切れて。
擦り切れて。
擦り切れたのだ。
泣き方さえ忘れてしまうほどに。
「ねぇ、モルド……」
俺の涙が枯れて、しばらくして。
今にも倒れそうな俺を、彼女は支え続けてくれて。
そんな彼女は耳元に顔を近づけて。
ゆっくりと、俺を労わるような柔らかな声音で、こう呟いたのだった。
「あなた、私と――――契約しない?」
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