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第四十話 IFを想う


 時は少し前に遡る。


 レーヴァの不可思議な再生を見届けた俺は、彼女を広間に置いて、食料確保のための魔物狩りと採集に出かけた。


 階層主が居た広間に、通常のモンスターが出現することはない。

 さらに奴との戦いで地面も壁もかなり傷ついた。


 ダンジョンは深部に『ダンジョンコア』を持っている。

 これがダンジョンを一つの生命体、そして魔物たちの母体だとする学説の元となっている根拠であるが、その肉体が傷ついたとき、優先させるのは修復作業となる。


 だから、あれだけ地面が抉れてしまえば、あの広間の周囲にさえ魔物は湧かないだろう。

 そう思って、俺は放置して広間の外に出たのだった。


 帰ってみると、やはり周囲にすら魔物は一匹も見当たらなかった。


 俺は集めてきた枝と落ち葉に【ファイアボール】で火を点けて、焚火をする。

 そこで討伐してきた魔物の肉を焼いた。

 焼き加減を見ながら、となりで眠るレーヴァをちらりと見る。


「うぅ……お母様……」


 苦しそうに声を上げるレーヴァ。

 悪い夢でも見ているのか、その顔には玉のような汗が浮かんでいる。


「…………」


 俺はちらちらと見ながら、魔物料理を作っていった。


 ――そして、作り終えて。


 未だに目を覚まさない彼女。

 まだ苦しそうにしている彼女にハッとする。

 彼女は硬い地面に寝転がっていたのだ。

 それでは悪夢を見てしまうのも、仕方ないのかもしれない。


「…………」


 俺は足を伸ばし、彼女の頭を太ももの上に乗せた。


「……すぅぅ……」


 しばらくすると、レーヴァは安心したように息を立て始めた。

 その様子が愛おしくて、思わず、生前のティナにそうしていたように頭を撫でた。

 ティナは俺の膝枕が好きだった。

 俺もティナの寝顔が好きだったから、必然として、よくこうしていた。


 ――ピクリ、と。


 純銀の髪を撫でていた手が止まる。


「何を……してたんだろうな、俺は」


 人でなしの分際で。


 人殺しの分際で、ティナに触れていたというのか。


 気持ち悪い。

 本当に気持ち悪い死ねばいい。


 そうだ、俺なんて存在しなければ、そもそもティナは俺を庇って死ぬこともなかったのかもしれない。


 俺が存在しなければ。

 例えば、周囲から止められて村に残って、聖女として活動していたのだろう。

 本人は不服かもしれないが、きっと、老人にも子供にも好かれたはずだ。

 成長した彼女は、先生のようなこともしていたかもしれない。

 多くの人の笑顔に囲まれて、幸せに過ごしたかもしれない。


 俺が存在しなければ。

 例えば、周囲の反対を押し切って、回復術師として冒険に出たかもしれない。


 様々な苦難が待ち受けるだろう。

 だが、世界で一番の美人で、それに優しかった彼女のことだ。

 もっと早い段階で信頼できる仲間と出会っていたかもしれない。

 あの迷宮街で名が通り、知らない王国の勅命を受けて、あんなパーティーに所属することもなかったかもしれない。


 そうして、偉大な冒険者になって。

 自分自身の力で、願いを叶えていたかもしれない。


「俺なんかが、最初からティナと出会ってなければ……」


 そんな考えが、頭の中をグルグルと回ってしまう。

 そして、その思考が一つの結論に至る。


 この迷宮から奇跡的に脱出して、そして、奇跡的にティナを生き返らせることができたとして。


 その隣に、俺の居場所はないのだと。


「…………いや」


 何を悲観する必要があるのか。

 元より、彼女が生きている間の俺の願いとは、そういった類のものであったはずだ。


 彼女の願い――「立派な冒険者になって、故郷と家族に報いる」というものを叶えて。

 彼女を幸せにする。


 その勘定に、元々、俺は入っていなかったはずなのに。

 自分の幸せなんて考えられるような身分じゃないくせに。


 ――『世界で一番、愛してます』


 そんな言葉に浮足立っていたのか、俺は。


「……馬鹿だな、俺は」


 俺がやるべきことは、一つ。


 世界で一番可憐で、美しく、優しいティナを生き返らせる。

 そうすることで、世界の間違いを正し、辻褄を合わせる。それだけだ。


 その役目を終えたら、俺は姿を消せばいい。

 それで全て丸く収まる。

 ティナは悲しんでくれるかもしれないが、最終的には幸せになれるはずだ。


 ティナが幸せになれないなど、ありえないことなのだから。

 そんなことになったら俺は神様だってこの【眼】で殺す。


「…………ん?」


 ――と、俺が心の中で密かに刃を研いでいると、太ももの辺りに違和感を感じた。


 つんつん、つんつんつんつん。

 ぐりぐり、ぐりぐりぐりぐり。


 ツボ押しの名人のように両手の指で太ももを連打しながら、顔を埋めるレーヴァ。

 ついには「すぅぅぅっ」と鼻で息を吸う始末。


(……………………………………いや、ホントになんなのこの奇行)


 俺はドン引きしながら、怒り口調を交えて訴える。




「……おいお前、起きてるだろ」


「…………バレた?」


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