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第三十五話 魔眼の記憶


「あ……」


 目の前に落ちる、レーヴァの首。

 面白いほどに彼女の断面から噴き上がる鮮血。

 その血を全身に浴びて、俺はもう放心することしかできなくなってしまった。


「ああああ……あああああっ!」


 俺の中で、何かが崩れていく音がする。


 なぜだ?


 俺の目的は、ティナを生き返らせることだったはずだ。


 だったら、目の前の、こんな光景なんて気にしなくていいはずだ。


 無視して、立ち上がって、彼女の死体なんか踏み越えて。

 大剣でも何でも拾って戦えばいいはずだ。


 そのはず、なのに……


「あああ、あああああああ!」


 俺が呻いている間にも、奴は炎の剣を持って近づいてくる。

 奴はさらに魔力を練り上げ、炎剣を構える。


 振り下ろされれば、俺はおそらく抵抗もなく即死する。

 そう直感した――その刹那。


「あああああ――――づぁっ!?」


 鋭すぎる頭痛が、俺を襲った。

 目の前が真っ赤に染まる。

 右の眼がじくじくじくと痛む。


 右の眼に映るのは奴ではなく――悲痛の表情でこちらを見るレーヴァの首だ。


 じくじく、じくじくじくじく。

 じくじく、じくじくじくじく。


 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い。


 これはいけない。

 これ以上はいけない。

 ロクなものではない。

 そんな感じがする。


 でも、俺に抗う権利はないらしい。


「あ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


 意識が、暗転する。













 ――――――――――――――――――――



 目が覚めると、そこは白い空間だった。


 白、白、白、白――見渡す限りの白。

 それに例外はないはずだと、俺の脳は訴える。


 じくじく、じくじくじくじく。

 じくじく、じくじくじくじく。


 右の眼が疼く。痛い。痒い。穿り出してしまいたい。


「――――ああ」


 不思議な感覚だ。


 俺はこの場所を知っている。

 この、ひたすらに広く、白く、無機質な空間を知っている。


 壁の材質は何だ?

 見たことのないもののはずだ。

 少なくとも、俺が知っている文明レベルのものではないと断言できる。


 見れば、俺は全身を藍色で東風な着物に包んでいた。

 手には美しい刀が握られている。


「〈白夜〉…………びゃく、や?」


 刀身にはそう彫られていた。

 だが、おかしい。


「なんで俺、これ読めるんだ?」


 確かそう、これは大陸東端の地方にある〈漢字〉という文字のはずだ。

 そこに住む民族は大陸に広がっている共通言語(コイネー)を話すことは可能なものの、そのような固有の文字文化があるのだったか。


 知識としてそういうものがあることは知っていたが、まだその国に行ったこともなければ、その言語を学んだ記憶もない。


 共通項があるとすれば、村では馬鹿にされ、ティナには「綺麗ですね」と褒められた、この黒い髪くらいなのだが。


「なのに……なんで、俺……うぅっ」


 頭痛がする。

 これ以上。

 このことについて考えるのはやめたほうがよさそうが――――


 ――ぴちゃ。


 何か。

 足の裏に、何か熱いものが触れた。


 そして気付く。

 その足が、とてもとても小さいことに。

 その手が、とてもとても小さいことに。


 ――その手足が、真っ赤な血で染まっていることに。


「――――――――」


 ただただ白い景色?

 いや、違う。

 そこには夥しい量の鮮血が積み上げられている。


 足元に視線を注ぐ。

 そこには、分かたれた、首と、胴が、無数に、転がっている。


「……………………」


 男も女も関係ない。

 子供も大人も老人も関係ない。


 区別などなく。

 そこには無数の『死』が広がっていた。


「――――――――」


 その小さな手には、刀が握られている。

 そして。

 その刀身は、赤すぎる赤で染められている。


 ――ああ。


 ああ、どうして忘れてしまっていたのだろう。

 どうして、気付かなかったのだろう。


 死は、こんなにも身近にあったというのに。

 俺は。

 マトモな / 人間 / なんかじゃ / ないはずなのに。


 ――ぱちぱちぱちぱち。


 どこかから。

 ぼくを、しょうさんする、はくしゅのおとが、きこえる。


『まさか、ここまで上手くいくとはねぇ』


 しせんをうごかす。


 ななめうえ、ぼくたちを、みおろせる、いち。


 そこには、つばさをはやした、てんしのようなひとが、いる。


『これでようやく■■■様の御役に立てるというものです。まさか、戦術予測のためにと思って移植した魔眼が、こんな覚醒をしようとは……くくく、これは■■対策の主戦力としても使えるのかもしれませんねぇ……他の『施し』も必要でしょうか』


 ぼくにはわからない。


 りかいが、なにひとつ、おいつかない。


 そういえば。

 いままで、なにをしてきたっけ。

 ここには、どうやってきたんだっけ。

 なにも、おもいだせない。


 ただひとつ、わかるとすれば――、


『君の魔眼の名前も新たに考えなければ……それは明らかに、元の魔眼とは異なるものですからねぇ……そう、例えるなら――【未来死の魔眼】、とでも名付けましょうか』


 ただひとつ、わかるとすれば。


 ぼくは、もう、まともじゃなくて。

 これから、もっと、まともじゃなくなるってこと。


 ただ。

 それだけは。


 よく。

 わかった。











 ――――――――――――――――――――



 意識が現実に引き戻される。

 時が止まったように。静止画のように。目の前の光景が【眼】に焼き付く。


 白い夢の中で見たよりも、数段美しい首と胴。

 噴水のように噴き上がり続ける鮮血。

 鞭のようにしなって迫る炎の剣。


 俺は機械的に肉体を修復し、立ち上がる。

 全身は血に塗れ、視界も紅く染まっている。

 彼女は死んだ、故に今、手に納まる武器はない。


 さっきの夢は何なのか。

 あの記憶は一体、いつのものなのか。

 あれはどこで、俺はいったい、あれからどうなったのか。


 分からない。

 分からないことだらけだ。


 ――だけど、今はそれも関係ない。


「…………殺す」


 俺にはそれができると、確信できる。


 赤黒い血に濡れた全身を低く屈ませて、犬のように地面を蹴り飛ばした。


 ――そして。

 この【眼】に写る世界が……一変した。


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