第三十一話 引導を渡してやるよ
『……ルド……モルド! モルドってば!!』
「――はっっ!」
剣状態のレーヴァの叫び声に、俺の意識が呼び戻される。
どうやら少しの間、放心してしまっていたらしい。
『どうしたの? 今にも吐きそうな……グールみたいな顔してるけど?』
「うるせぇ……大丈夫だ」
俺はこちらに近づいてくる鎧野郎を睨みつけて、そう言い放った。
『……知ってるの? あいつのこと』
「……あぁ、よぉく知ってる」
あいつは【彷徨う赤き鎧】。
迷宮の下層以下に現れ、上級冒険者を殺すために徘徊する死神。
そして奴は、ティナを――――…………
「……………………」
俺は胸の底で渦巻くドス黒い感情を自分の胸倉を掴むことで何とか抑え、鎧野郎の様相を観察した。
奴の容姿は、ところどころ変化していた。
明らかに体格は以前よりも二回りほど大きくなっている。
その影響もあり、発達した筋肉によって押し広げられた鎧は今にも剥がれ落ちそうだ。
何より、奴から発せられる圧を感じるほどの魔力が、以前までのそれとは異質であることを証明している。
「喰らってきたんだな……俺と同じように」
それは当然の帰結だった。
以前までの奴は――強さでいえばヘルハウンドと同程度だった。
実力にしてSレート弱、といったところだったろうか。
強い魔物と戦い続けてきたからこそ、あの頃の強さを今なら把握することができる。
そして、目の前の奴がそれとは完全に別物の存在へと昇華していることも。
……喰ったのだ。
元々の実力があるから俺ほどではないにせよ――、窮地を経験し、逆境に立たされ、そのたびに勝利を重ねて強さを重ねてきた。
深層の階層主なんて化物を、たった一人で殺し、喰らうほどに。
「――――ッッ!」
近づいてくる奴を前にして、戦慄せざるを得ない。
なぜなら、それがどれほど途方に暮れたものなのかを、俺は知っているから。
――強者を殺せ。
そんな迷宮の命令に従っていたのか、それとも奴自身の怨念か。
理由は分からない。
だが、奴の目的は間違いなく俺だった。
傲慢なんかじゃない。直感が告げている。
奴は、俺を殺すために、ここにいる。
『ギギャ、ギャ、ギャ……AAA……AAA……AAA……AAAAAAA……』
面が剥がれた兜には、痩せこけた男の醜悪な顔が張り付いている。
赤い目はあらぬ方向をむき、口からは滝のような涎が滴れ落ちている。
『……モルド、大丈夫?』
「……ああ」
その問いかけに意味はない。
だって、『奴は階層主ではない』のだから。
広間から出られないなんて制約はない。
逃げ道なんてものは存在しない。
――殺すか、殺されるか。
導き出される結果は、二つに一つだ。
「…………ふぅぅぅ」
深く息を吐く。
奴はティナを殺した。
奴は俺を追って、ここまできた。
だが、そんなものは関係ない。
胸の中に沈殿する怨恨の感情も。
種火のように燃ゆる歓喜の念も。
その全てを奥歯で噛み殺す。
今は――何も必要ない。
元より、俺の感情などは不要で、邪魔なだけなのだ。
殺戮にも。
俺の、無謀すぎる願いの成就にも。
剣を構える。
冷たく研ぎ澄ました殺意だけを、その白銀の刀身に乗せる。
「理不尽は、殺してやる」
――だから。
「……引導を渡してやるよ、死神――!」
今ここに。
死闘は、始まった。
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