第三十話 エンカウント
レーヴァに案内された先にあったのは、巨大な鉄の扉だった。
その大きさは十Mを超え、怪物のレリーフがびっしりと施されている。
レーヴァを拾った場所にあったそれとどこか似ているような気がしたが、そこから発せられる重々しい魔力に俺は思わずたじろいでいた。
描かれているのは牛頭の魔物、ミノタウロス。
盛り上がった筋肉によって鎧と化した胸板。
頭から生えた禍々しい二本の角。
右手と左手、それぞれに握られた大剣。
そのどれもが、敵を埒外の存在であることを主張していた。
「これで本体は倍近くの大きさとか……ホント笑えねぇわ」
「モルド」
いつも飄々とした彼女にしては珍しく、真剣な表情でこちらを見つめてくる。
「なんだ?」
「死なないでね」
「抜かせ」
俺は吐き捨て、レーヴァの手を握った。
レーヴァは目を細め――次の瞬間には〈レーヴァ〉になっていた。
なんだか、妙な信頼関係ができているような気がする。
「……行くか」
いつもは鬱陶しく感じるが、今だけは心強い。
俺は一度深く息を入れて、鉄扉を開いた。
――――――――――――――――――――
まず感じたのは、鼻を突き刺すような鉄の臭いだった。
今まで何度も地獄を経験し、喰う、喰われるを繰り返してきた俺だが、ここまで強烈な臭いを嗅いだことはなかった。
次に理解したのは、ここには延々と暗闇が続いているということだ。
迷宮の内部というものは、程度の差こそはあれど少なからず光に照らされているものだ。
確か、壁に小石や砂のように散りばめられている特殊な魔石が発光しているのだとか。
だが……ここには一切の光がなかった。
俺は【感知の加護】を使いながら、周囲に注意を払いつつ歩いた。
ちゃぷっ、ちゃぷっ、ちゃぷっ。
子供が水溜まりの上を跳ねるような音が聞こえてくる。
無論、俺の足音ではない。
この音はおそらくこの先にいる――異端の存在が鳴らしている。
一歩、一歩……一歩。
警戒して歩いていると、変化は突如として現れた。
ボッボッボッボッ。
小気味良いリズムで広間の側面に並んでいた松明に、青い炎が灯った。
暗闇に慣れた瞳に、徐々に光が戻ってくる。
ちゃぷっ、ちゃぷっ、ちゃぷっ。
ぢゃぶっ、ぢゃぶっ、ぢゃぶっ。
ずちずちずち、すじゅるるるるる。
視力を取り戻すと同時、音の正体に気付く。
それは咀嚼音。
化物が化物を喰らう音。
「あ……あ……あ……あ……」
ミノタウロスはいた。
二十Mを超えるその巨体は、しかし鎮座することなく横たわっていて。
引き裂かれた腹からは臓物が溢れ、血は近づいた俺の足元にまで広がっていた。
「ああ……ああああっ」
牛頭の巨人を喰らう化物の色は……血のような赤。
全身を包むは鋼鉄の鎧。
頭に被った兜は、しかし最初に遭った頃とは異なり、その面の部分が破損している。
『ギィァァァ……AAAAAAAA……』
炎を宿した瞳はあらぬ方向を向きながら、やせこけた男は臓物を貪り喰う。
ぶちぶちと内臓が千切れる音と、ちゃぷちゃぷと血が跳ねる音だけが広間を木霊していた。
やがて、騎士は広間に侵入してきた異物の存在に気付く。
炎を宿した瞳が、侵入者を捉えた。
「ああああああっ!」
騎士の名は【彷徨う赤き鎧】。
毒虫の王を殺すために遣わされた、死の神。
亡霊にして、紅に染まった理不尽の化身。
ここはSSSランクダンジョン『タオラル大迷宮』……その深淵。
忘れるなかれ。
恐れるなかれ。
脅威は常に、そこにある。
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