第二十一話 扉
「が、ぁぁぁぁぁあああああああっ!!」
岩やら土の中で息もできぬまま白ムカデの穿孔に巻き込まれ、解放されたかと思うと、またすぐに地面に叩きつけられる。
全身を適時【ヒーリング】で回復しながら耐えていたが――、
――このままじゃラチが明かねえっ!
ただ移動しているだけの白ムカデよりも先に、俺の魔力の方が切れてしまう。
だから。
次に穿孔が止み、地中から空中へと躍り出た瞬間、俺は賭けに出ることにした。
「ぅ、あ――――――――――――――――――――――――」
腹部。
白ムカデが顎で食んでいた部分への魔力供給を停止させ、回復を止めたのだった。
当然、噛み千切るつもりで挟まれていた俺の腹から下は宙へと消える。
意識が消し飛びそうになる痛みを堪え、まろび出た内臓に笑う。
それは、白ムカデが俺を手放したことも意味しているからだ。
べちゃり。
気色の悪い音を立てて、俺は地面に投げ出された。
身体を纏っているのは、おそらく麻痺性の毒粘液。
小さな白ムカデが分泌していたような、体力を直接奪ってくるようなものとは違うもののようであった。
動けない。
が、回復している暇もないようだった。
白ムカデが着地した衝撃で煙が舞っていたが、その煙が今にも晴れそうだったのだ。
俺は咄嗟に【擬態の加護】を使って風景に溶け込む。
奴はしばらく無数の足を引きずりながら通路を徘徊していたが、ついぞ諦めたらしく、また孔を掘り始めた。
「ごはぁっ!? が、ひゅっ、ぉ、ぅぇえええっ!!」
気が緩み、思わず『擬態』を解いてしまう。
血やら胃酸やらを吐き出し、のたうち回る。
呼吸もまともにできていなかったので酸素を取り込みたいが、喉に空気が触れると血の味がして、また吐き出してしまう。
意識が白と黒を往復するのを、頬の内側の肉を歯で食い千切ることで何とか耐える。
痛みの感覚がおかしくなっていてくれて助かった。
これだけの激痛に苛まれても、意識を失うこともショック死することもなかったから。
『ヒー……リング』
麻痺毒を中和したのちに、下半身へと魔力を集め再生させる。
さすがについさっきまで魔力を全開で使用していたこともあって即回復ということにはならなかったが、しばらくするときちんと元通りになってくれた。
「あークソ……どこだ俺のズボン……」
俺はズボンを探した。
人もいないし、なんなら風邪をひく前に【ヒーリング】で回復できるので別にこのままでもいいのだが……下半身丸出しで冒険するのはちょっと……
「お、あったあった、俺の下半身」
そこまで遠くない距離に、俺の下半身は放置してあった。
断面を覗きこみ、ほえー俺の腸ってこんなんなってるのかーなどと思いながら気付く。
「これに【ヒーリング】かけたらどうなるんだ……?」
未だ筋収縮でピクピクと動く足を見ながら、そんな恐ろしいことを思いついてしまった。
いや、俺は俺自身が回復魔術を使えるわけではなくて、彼女の呪いを身に受けているだけだ。
おそらく他者に使うことはできないのだが……
「いや……これって『他者』にあたるのか?」
切断された下半身。
意識はないが、これは『俺』だと言えるのか。
もし治るなら、これで人手が増えるんじゃ……
「…………」
と、そこまで考えてやめた。怖すぎ。
――――――――――――――――――――
俺はかつて俺の下半身だった肉塊からズボンをはぎ取り、装着した。
「それでここは……」
ふと気になって、周囲を見渡す。
ここは一本道の通路だ。
俺がかつて落ちた場所が深層の第何層か、そして今、俺がここに立っている場所が第何層かも分からなかったが、少なくとも迷宮の壁の色は変わらぬ白濁色。
しかし、明らかに特異な点があるとすれば――、
「でけぇな……」
俺の下半身が落ちていた場所の目の前には、巨大な両開きの扉が鎮座していた。
その大きさは、十Mは超えるだろうか。
精緻な意匠が施されており、美しい天使の姿が描かれていた。
「ボス部屋か……? いや、宝物庫という可能性も……」
おかしい。
いつもなら初見の場所でも勘が冴え渡るというのに、今回に至ってはまったく分からない。
お前ごときが敵う相手ではないと威圧感を与える魔力も感じるし、
同時に、これナシではこの先は生きていけないぞと、警告とともに強大な力を予感させる魔力でもあるような気がして……。
「でもまぁ……選択肢はないよな」
このまま冒険していたとしても、あの巨大白ムカデのような化物と立ち合えば、今度こそ一瞬で命を刈り取られるだろう。
回復の呪いはほぼ万能であるが、即死の場合はどうなるのかまだ分からないのだ。
――ならば、勇気を持って決断するしかない。
俺は胸に手を置いてゆっくりと深呼吸をした後、ゴゴゴゴゴゴという音を立てながら扉を開いた。
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