第二十話 孔を穿つ者
殺戮と食事を繰り返し、しばらく歩いていると持ち歩いていた水筒の水が心もとなくなってくる。
以前水場を見つけた際はがぶがぶと飲み、胃袋のような形をした革製の水筒に入れるだけ入れていたのだが、それでもやはり限界はある。
というわけで、死活問題なので何とか予測を立てて水場を探していたのだが……
「まさか、川よりも先に目的地に着いちまうとはなぁ……」
迷宮の壁に隠れながら様子を見る。
視線の先にあるのは崖だ。
岩を包丁で真っ二つにしたような平らな地面。
下には遥か闇が広がっており、崖の側面には大量の太い蔓が枝垂れかかっている。
まさに、断崖絶壁。
そしてその下へ向かう方法があることで、下層までのように階段がなくとも、ここが目的の場所であることを察した。
あれを……あの蔓を掴みながら階層を移動しろということか?
いや、今はそんなことよりも。
「すげぇ数だなオイ……」
思わず溜息を吐く。
崖の上には、住処にでもしているのか二十体ものゾンビ巨人どもがうろついていた。
「うーん……」
俺は懐からサバイバルナイフを取り出した。
度重なる連戦で刃はガタガタ。いまにも壊れてしまいそうだ。
「いや、逆に今までよく保ったもんだよ」
なんせ、相手は深層のモンスターである。
いかに俺の眼で敵の弱点を看破しているとはいえ、これまでの戦いで折れなかったことは奇跡に近い。
「……ま、いざとなれば素手でやりゃあいいか」
ナイフに寿命が来ようとも、俺が不安に陥ることはなかった。
俺には自信があったからだ。
たとえ素手の戦いになろうとも、あの巨人どもを駆逐する自信が。
まず、俺にはかの巨人から得た【剛力の加護】がある。
ナイフで裂くことはできずとも、有効打を与えることは十分可能なはずだ。
他にも、例えば正攻法じゃなければ骨兎の『擬態』や黒犬の『影化』で奇襲を仕掛けることもできる。また、白ムカデの毒性を持った粘液によって遅々として攻撃を加える方法だってある。
勝てる。
だから。
「やるぜ、俺は……」
言って、俺が崖に足を踏み入れようとした、その時――、
ドッガァアアアアアアッッ!!
迷宮に、轟音が鳴り響いた。
「なんだァ!?」
落盤か? 上から壁が落ちたのか!?
そう思い、煙が晴れるのを待つ。
煙の先にいたのは、まさしく怪物であった。
何十Mあるかもわからない真っ白で超大な体躯。
顎の部分にあるのは、殺人的な見た目をした二本の鎌。
そして、体の側面にびっしり並ぶのは『無数の足』。
「白ムカデ、か……?」
様相は完全にそれだった。が、大きさが違い過ぎる。
フロアボスと言われれば納得するような、
神話に現れるような化物のような、その圧倒的な質量。
見れば、その巨体と無数の足は地面から這い出ている。
そうか。
上からではない、奴が現れたのは『下』からだ――!
『――オォォォオッッ!?』
巨人どもは驚きの声を上げる間もないまま、次々と肉塊へと変えられていった。
怪物のような白ムカデはトビウオのように地面に飛び込んだり跳ね上がったりして、巨人の腐った体を鎌のような顎で両断していく。
その様は、まさしく殺戮ショーだった。
白ムカデが地上へと浮上するたび、血は噴水のように飛沫をあげ、肉がボトボトと飛び散る。
「――――――」
ここに至るまで様々な異常事態を経験してきたというのに、俺は呆然となって動き出せなくなっていた。
やがて巨人を全て動かぬ死肉に変えたとき、その二本の鎌は俺の方を向いた。
――そして。
『ギィ、ァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッ!!』
鼓膜をぶち破られそうなほどの金切り声を上げ、突進を仕掛けてきた。
「クソッ、元々狙いは俺か!」
心当たりがあるとすれば、あの洞窟でムカデを全部喰らったことだろうか。
であれば、あれはあの白ムカデたちの親かもしれない。
俺は咄嗟に風景に『擬態』をして身を隠そうとした。
だが、予想以上に突進の速度が速い――間に合わない!
「チィッ!」
ナイフを振りかぶる。
巨大な鎌とナイフが衝突し、金属音が鳴り響く。
ありったけの魔力を腕部に回し、【剛力の加護】による強化も施す。だが――、
――パキポキ、パキ
無残な音とともに、ナイフは砕け散った。
「く――!?」
顎は当然、俺の体を引き裂こうと襲い掛かる。
二本の鎌は腹部を捉え、皮膚を破り骨を砕き、この命を刈り取らんと締め上げてくる。
「死んで、たまるかぁぁぁぁぁぁっ!」
叫び、俺はすべての魔力を体の修復に回す。
切断と回復。
相反する二つを拮抗させ、肉体の原型を何とか保たせる。
『ギィァァァァァァァァアア!!』
「あああああああああああっ!!」
抵抗や反撃に使う魔力は残っていない。
俺は地中へと穿孔を始めた白ムカデに噛みつかれたまま、叫び散らすことしかできなかった。




