第二話 真相
「え、レイラのも演技だったの!?」
「……それに気づかないのは本当にどうかと思いますよ。まぁ、無口なあの子にも非はあるんでしょうけど……でも、普段のあの様子を見て裏切りを疑うとか、ホントに乙女心を分かってないというかなんというか……」
「? ご、ごめんなさい?」
「まぁいいです、続きを話しましょう」
ティナは俺を治療したあと、今回の計画について話をしてくれた。
事はつい前日、それも夜のこと。
以前から兆候はあったようだが、シャリオが正式にメンバーを集めて俺の追放について説明したらしく、そのときにはもう、ティナとレイラはパーティーを密かに見限っていたようだった。
「レイラと私ならあの三人くらい実力で捻じ伏せることもできたんですけどね。ほら、あの子って人に武器向けられるのが、特に苦手じゃないですか」
「ああ……そういえば」
昔、他のパーティーと争うことになりかけたとき、レイラはびくびくと震えてたっけ。
天才錬金術師と言われたレイラなら、本当はあんなに怯える必要ないんだろうけど。
「それで、皆の前では芝居を打って、あとで集合→街から脱出、というわけか」
「はい。レイラには転移場所を宿からずらして隠れてもらっています……大魔導図書館の3Fですね。あそこなら見つかっても錬金術師の彼女なら不審がられませんから」
「なるほどなぁ……それで俺たちが集合するのは、街の大門前ってところか」
「ええ、荷物は朝のうちに次の街に輸送してもらってますから、安心してもらって大丈夫です」
「手際がすごいな、手際が」
呆れるが、脱出後の準備は済んでいるらしい。
昨日の今日で本当によくやったものだ。
だったら後は――、
「じゃあ、そもそもどうやってこのダンジョンから脱出するんだ? まさか、転移結晶を手に入れたとか?」
「そうだったら良かったんですけど……まぁ、そんな都合よくはいきませんでした」
「まぁ、それもそうだろうなぁ……」
転移結晶。
それは、使用者が行ったことのある場所を思い浮かべ、唱えるだけでその場所に瞬間移動させてくれる、俺たち冒険者にとってなくてはならない魔道具だ。
だが、その性能と比例して、とても希少な魔道具なのである。
そのため、大手のパーティーが買い占めて初心者がバンバン死んでいく……なんてことを防ぐために、実績に応じて決められた量の結晶が毎月ギルドからパーティーに支給されるのである。
「モルドに渡された転移結晶が奪われるのは、彼らの目的を考えれば思いつくことでした。ですから、ちゃんと手を打っています」
「手って?」
ティナはピンと人差し指を立てる。
「ここは下層の入り口とも言われる第60層ですが……他のパーティーに依頼してここから10層上の50層に待機してもらっています。そこまで行けば合流して安全に帰ることができるはずです」
「……なるほどな。でも、攻撃役がいないのに二人で10層ってのもかなり無理があるよな……」
「まぁそこはほら、私は危なくなっても転移結晶がありますし」
「……この薄情者」
「これぐらいは譲歩してください…………って、あれ……? あの、モルド、あれって……」
「え――?」
ティナが指を差す方を注視する。
ああ……そうか。
俺はすっかり忘れていたんだ。
ここが、曲りなりにもSSSランクダンジョンの『下層』であるということに。
――――ズッッ
その赤い影が現れたとき、俺たちの間に流れていた弛んだ空気は一瞬で消し飛んだ。
カランカランと、ティナの手から結晶が地面に虚しく落ちる。
そいつは、体長が5Mもある巨人。
そいつは、全身を赤く、光沢のある鎧で包んだ騎士。
兜の隙間から、赤い二つの炎がゆらゆら揺れる。
そいつは、亡霊のように迷宮を彷徨い、下層以下で探索する数多くの冒険者を葬ってきた。
その魔物の名は【彷徨う赤き鎧】。
その異名は――――死神。
『ギギャギャギャギャ……』
鎧を纏った赤い死神が、獲物を見て嗤いながら近づいてくる。
俺は咄嗟に地面に落ちた転移結晶を拾いあげ、ティナの手をとった。
「逃げるぞティナ!」
「は……はい!」
俺は走りだす、と同時に周囲の様子を目に焼き付けた。
「あの岩陰なら……!」
隠れられる場所に検討をつけ、後ろの【彷徨う赤き鎧】の動きをちらりと見やる。
奴はグググッと足を曲げ、跳躍する力をためているようだった。
奴の背中には長剣が一振りある。
5Mの体躯を持つ奴が所持する、巨大な長剣だ。
あれで俺たちを一網打尽にするつもりなのだろう。
「ティナ! 俺の合図で十時方向の、あの岩陰に飛び込んでくれ!」
「はいっ!」
「3、2、1……今!」
カウントと同時に、俺たちは岩陰に飛び込んだ。
数コンマ後、奴の巨剣が強襲する。
――ドッガァアアアアアアッッ!!!
凄まじい衝撃と暴風が洞窟内に巻き起こるが……、
「「はぁ~~…………」」
俺たちは無傷だった。
『ギィ……?』
しばらく隠れていると、死神もついには諦めたらしく、俺たちの前から去っていった。
「ふぅ……なんとかなったな」
「さすがの観察力です、命拾いしました」
「はは、まぁ、あいつらにはウザがられてたみたいだけどな」
俺のこの観察力は、荷物持ちとして冒険に同行する傍ら、どうにかしてティナの死亡率を少しでも下げることができないかと考えているうちに身に着いた能力だ。
魔物による攻撃の予測や、弱点の判断などが八割方可能だ、と自負している。
……まぁ、戦闘で活躍できる攻撃職の奴らにとっては、不要なものだったのかもしれないけれど。
「いえいえ、あの人たちに見る目がなかっただけですよ。私も回復術師ですから後ろから戦闘を眺めることが多かったですけど……モルドがいなければ、私含めて十回は死んでると思います」
「ははは、それは言い過ぎだろ」
「……はぁ、自分の価値に気づいていない、あなたにも多少問題はあると思いますよ……」
「?」
よく分からないが、今はそんなことを話している場合じゃないな。
「そんなことより、これからどうする? 奴が向かったの上層に繋がる方だぞ」
「そうですね……とりあえず、モルドはそれで帰ってください」
ティナが指さしたのは、俺の手に握られたものだった。
「転移結晶か……それで、ティナはどうするつもりなんだ?」
「私は……とりあえずこのフロアで何日かやり過ごします、それで……」
「無理だな。【彷徨う赤き鎧】みたいなユニークモンスターは同じフロアにとどまる習性がある。ここはある程度のリスクを背負ってでも1層下のフロアに降りるべきだ」
「……でも、次の階層に繋がる場所なんて、マップもないのに……」
俺はトントンと自分の頭を指差した。
「ここに全部入ってる、深層以外の情報ならな」
「!」
「だから連れて行ってくれ、きっと後悔はさせないから」
俺はできるだけ真剣な面持ちで、彼女の目をみつめて言った。
ここで彼女を置いて転移して帰るなんて、ほとんど見捨てているのと同じことだ。
そんなことは、断じて許されない。
「はぁ~~……もう、そんなの、本当だったらこっちから頼みたいくらいですよ……」
ティナは、どうやらようやく折れてくれたようだった。
「ごめんなさい、村を出てからずっと、モルドには危険な目に遭わせてばっかりで……」
「はは、そんなの今さらだろ」
俺は村にいた頃のように、ティナの頭を撫でる。
金の髪が揺れ、雪のような白い頬がポッと赤くなる。
ティナは「子供扱いしないでください!」とちょっとむくれて、でも、やっぱり笑ってくれて。
「俺たち二人で帰ろう。偉大な冒険者になるのが夢なんだろ?」
俺がそう問うと、
「……はい、これからもよろしくお願いします」
ティナはそう言って、はにかんだ。
――ああ。
これから、何が起ころうとも。
きっと、二人でいれば、何とかなる。
俺はこのとき、根拠もなくそう信じきっていた。
【勇者からの嘆願】
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