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第十二話 やくそく

 

「ティナ、俺はお前のことが好きだ」


 ティナは肩をビクッと跳ねさせる。

 俺はティナを抱き締めながら、言葉を続ける。


「世界は残酷で、美しい。だからさ……そんな世界はお前と見たいよ」


 苦しいことも辛いことも、君と乗り越えたい。

 美しい景色も、美味しい食べ物も、君と味わいたい。


「他の誰かじゃない。俺は、お前がいいんだ」


 ティナはふるふると首を横に振る。


「でも……そんなことできるはずがないんです。だって、私は……」


「死んでいるから、か?」


 コクンと頷くティナ。

 その肩は震えている。

 ティナは泣いている。

 そう、泣いているのだ。


 ――だったら、俺が彼女に掛ける言葉は決まっている。


「俺がお前を生き返らせてやる」


 だって、彼女は泣いている。

 死に際になっても他者を想えるような、世界一優しい彼女が泣いている。

 これが現実だというのなら、こんなものが世界の摂理だと言うのなら――、


「どこの誰に反対されても構わない。世界がそれを望まなくても関係ない」


 きっと、創世の女神を信仰する教会なんかには目をつけられるだろう。

 命の巡りに反抗するような願いなのだから。

 教会だけじゃない。

 世界を守護する勇者たち。規律を守ってきた魔術師連合や錬金術師の連盟。

 世界の法則そのものが、敵に回るかもしれない。

 この地獄のような迷宮を飛び出しても、出口なんて見つからないかもしれない。


「方法なんて検討もつかない。もしかしたら何年も、何十年も掛かるかもしれない……」


 言葉を紡ぐたび、地面は揺れ、木々はざわめく。

 心の底では動揺しているとでもいうのか。


「…………っ」


 ……それも仕方がないだろうと、俺はその迷いを受け止める。

 だって、知っている。

 妻の命を錬成しようとした哀れな錬金術師の末路を知っている。

 なぜ人体錬成が禁忌になったのか、その歴史を知っている。


 知識を得て、培ってきた倫理観という名の化け物が、俺の決意を食い散らかそうと襲ってくる……それでも。


「それでも俺は、お前を取り戻す! 絶対の、絶対の……絶対にだ!」


 俺が叫ぶと、周囲の景色が消し飛んだ。

 真っ白な世界で、腕の中のティナが振り返る。


「馬鹿……ホントに、子供みたいなこと、言うんですから……っ!」


 ティナは泣きながら笑っていた。


「そんなこと言われたら……諦められなくなっちゃうじゃないですか!」


 ピシピシピシと、風景に罅が入る。

 動いてもいないのに、ティナとの距離が開いていく。


「くそ――っ!」


 手を伸ばしても、走っても届かない。


 ――ああ。

 セカイが消える。

 目覚めが近い。


「モルド~~っ!」


 消える世界で。

 消えかけた意識の中で、遠くの彼女が叫ぶ。


「私も、あなたのことが好き、大好き! 世界で一番……愛してます!」


 ティナの声が、耳の奥で反芻する。

 純金の髪が、宝石のような青玉色の瞳が。

 景色の白に飲み込まれていく。


 手を伸ばす。

 届かない。


 意識が。

 消えていく。










『だからモルド、待ってます……ずっと、いつまでも……あなたの中で待ち続けますから』










 ――――――――――――――――――――



 目を覚ますと、そこは洞窟の中だった。

 視界は戻っている。

 恐らくはティナの呪いのおかげだろう。


 ムカデは体中を這い、俺の体を喰い続けている。

 俺は――、


「《炎弾よ・我が意のままに・獲物を撃ち抜け》」


 手の平を胸に当て、身体を燃やした。

 ありったけの魔力を込める。

 巨大な火の球が俺を包み込む。


 ゴォオオオ!


 燃やす。燃やす。燃やす。

 燃やし続ける。

 すると、ブチャブチャという音を立てながらムカデたちが孔から飛び出てきた。


『《安らぎ癒せ(ヒーリング)》』


 心の中でそう念じれば、身体の傷が癒えていく。

 見れば、一際大きなムカデが、地面の上をのたうち回っているではないか。

 俺はそのムカデに向かって、何度も【ファイアボール】を唱えた。

 それこそ、魔力切れを起こす、寸前まで。


 そうして、黒焦げになったムカデにサバイバルナイフを突き刺した。

 一太刀では分断できないので、これも、何度も何度も。

 切断すると、そこからは魔石が姿を覗かせた。

 俺は地面に顔を擦りつけながら、その魔石を喰らった。


 魔石は、魔物にとっての魔力生成器官。

 これを喰らえば、魔力を得ることができると考えたからだ。

 無論、魔物の体にも魔力はある。

 だから俺は、絶命したムカデの体を、口の中に放り込んだ。


 ――それを、またまた何度も繰り返した。


 SSSランクダンジョン、それも深層の魔物なので警戒はしていたが、

 こんな底の底に隠れていた本当に普通の虫と変わらないようなモンスターだ。

 俺の眼で注視して弱点を切り裂いてやれば、しっかりと絶命してくれた。


 何匹も俺の体を喰らおうと再び皮膚を突き破って入ってきたが、それは入ってきた部位を切り落とすことで対処した。


 腕に入ってきたら腕を。

 足に入ってきたら足を。

 腹に入ってきたらナイフで抉り出した。


 殺して、喰って、殺して、喰って、殺して、喰って。


 気づいたら、奈落の底には俺一人が立っていた。

 地面は血の海と化し、その上には俺の手足や内臓がいくつも散らばっている。

 俺は、この洞窟の先に広がる闇に目を向ける。


「…………」


 この先には、きっと地獄が待っているのだろう。

 その地獄を越えても、俺には居場所なんてないのかもしれない。

 でも、そんなことは関係ない。

 だって、彼女は泣いていた。

 世界一優しくて、世界一可憐な女の子が泣いていた。

 そんなものが世界の摂理だと言うのなら、きっと――


 ……間違っているのは世界の方だ。


「……行こう」


 俺は踏み出す。

 生きるための一歩を。取り戻すための一歩を。

 俺と、俺の大切な人が、幸せになるための一歩を。


 ――幼馴染の、最愛の回復術師は死んでいる。


 だけど、俺は諦めない。

 彼女を生き返らせる、その時まで。






 これは、彼女に捧ぐ――彼女のための物語だ。


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