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第十一話 呪い


 ちゅんちゅんちゅんちゅん。

 囀る小鳥の声。広がる深い緑。

 そして、一際大きな木が、目の前に立っている。


「ここは……」


 いつかの夢の中で見た、故郷のダーハ―村だ。

 優しい景色が郷愁を誘う。

 ただ、夢の中の景色と違う点があるとすれば、それは――


「久しぶりですね、モルド。やっと……やっと、会えました」


 純金を溶かしたような長髪。

 作り物の宝石のように青く澄んだ瞳。

 その瞳は、今にも涙が零れ落ちそうなほど潤んでいる。


 大木の前に、ティナが……夢の中の彼女じゃない、成長したあとのティナがそこにいた。

 毎日のように顔をつきあわせて、たくさん怒って、たくさん笑って――

 そして、俺の目の前で死んだ、幼馴染の姿があったのだ。


「ティナ、どうして……?」


 俺が問うと、ティナはぐしぐしと目を拭った。

 こほん、と咳を入れて、ティナは腕を後ろに組む。


「ごめんなさい、勝手に入ってきてしまって……。でも、安心してください。あなたに伝えることを伝えたら、私はすぐに消えますから」


「入って……? 消える……? えっと、そもそもここは……」


「ここはモルドの『セカイ』。精神世界にして魂の在り様を示す場所……魂の輪郭と言えば、モルドには分かりますよね?」


「あ……」


 魂の輪郭。

 それは魔石を持つ魔物のように魂の実体を持たない人族が持っていると言われる個々人の魂の形を示すものだ。


 それは、その者が根源としているようなものだと言うが……。


「そうか、ここが……この景色こそが、俺の魂の形なんだな」


 そう口にして、納得する。

 ここには俺の大切が詰まっていた。

 ティナとの思い出が、詰まっていた。


「そして、ここにティナがいるってことは……」


「――はい、私はあなたを……呪ったんです」


 呪い。

 魔術と似ているが、ちょっとだけ違う超常の現象だ。


 魔術のように詠唱を必要とするものもあれば、もっと特殊な儀式を用いるものもある。

 藁の人形に釘を打ち込んだり、鶏の血で陣を描いたり……

 そういった有名な呪いの過程で行うことは、二つ。


 一つは悪意であれ好意であれ、特定の誰かを強く想うこと。

 そしてもう一つは、対象の魂に自分の魂の一部……つまりは魔力を注ぎ込むこと。


 呪いで重要なのは、あくまでこの二つの過程だ。

 その過程さえクリアしていれば、儀式などなくとも呪いをかけることはできる。


 ティナは死の間際、傷だらけで腕を失い、内臓さえ損傷していた俺を圧倒的な魔力を注ぎ込み回復魔術で治療した。

 そのときに呪いの条件を満たしたのだろう。


「そっか、だから……」


 深層に落下したとき、無傷だったことを思い出す。

 身体中が血だらけだったのは俺が間違いなく瀕死の重傷を負っていた証拠で。

 その状態から意識を取り戻したのは、彼女の呪いで回復したからだろう。


 ティナの……【聖女の加護】を持つ、回復術師の呪いによって。


「つまりティナ、お前が俺にかけた呪いっていうのは……」


「……はい、『生きていてほしい』――それが、私の願いで、私がモルドにかけた呪いです」


 そんな。


「なんで……」


 そんな呪いがあるとしたら、それはどんなに優しくて。


「なんでそんなもん、俺にかけたんだよっ!?」


 そして、どんなに残酷な呪いなのだろう。


「俺は……もう、生きてたって仕方がないのに……」


「そんなことはありません」


「これ以上生きても、苦しいだけなのに」


「そんなことはありません」


「幸せになんて、なれるはずないのに……」


「そんなことは、ありえません」


 ティナはそう言って。

 いつの間にか流れていた俺の涙を拭いながら、言葉を続けた。


「村を出て、いろんな国や街を回って、迷宮を冒険して……。たしかに、苦しいことも辛いことも理不尽なこともありました。それでも、それ以上に楽しいこともたくさんあったじゃないですか」


 思い出す。彼女との旅路であった様々な出来事を。

 自然の驚異を知った。

 食わなければ死ぬことを知った。

 自分たちの矮小さを知った。

 人に力を借りるということを知った。

 我慢しなければならないことを知った。

 困難に打ち勝つための勇気を知った。


 色んな国の文化を知った。

 様々な景色の美しさを知った。

 外で食べる食事の美味しさを知った。


 不安で圧し潰されそうなとき、大切な人が隣で眠ってくれる温かさを知った。


 そうだ。世界は――


「世界は残酷で、けれど美しい。だからきっと、私なんかいなくてもモルドは幸せになれます」


 そう微笑みながら語るティナにハッとさせられる。


 死の間際。

 あの絶望感と無力感に支配される瞬間に、彼女は他人のことを想っていたのだ。

 自分が今にも死にそうなときに、「生きて幸せになってほしい」と、そう願ったのだ。


「ホント、すげーのな、お前……」


「えへへ、そうでしょうそうでしょう」


 ……ああ、彼女はどんなに強いのだろう。

 どんなに、強くなったのだろう。


 心の底で、ドクンと何かが脈打つ。

 血など流れていないはずの、この精神世界の体がカァッと熱くなる。


 そうして気付く。

 すでに命のない彼女に、再び心奪われていることに。


 俺は、生前そうしていたようにティナの頭に手を伸ばす。

 けれどティナはそれを躱して、俺に背を向けた。


「ダメです、そういうのは……私はもう、死んでいるんですから」


 ティナはそう言うと、一歩二歩と俺から遠ざかる。


「ティナ……?」


「私は呪いで使った魔力についた、残留思念みたいなものなんです。だから、行かないと……あなたに伝えたいことは、もう伝えましたから」


 立ち止まった彼女が、再び歩き出す。


「安心してください。私の思念が消えても、モルドの魂の中にある私の魔力は、もうモルドのものです。その魔力がモルドの体を巡る限り、呪いが消えることはありませんから」


 おそらくはこの『セカイ』の外側、この景色を越えたところに向けて。

 彼女は一歩一歩、踏みしめるように歩いていく。


 だから、俺は――、


「だから生きて。そして、幸せに――……」


 俺は、ティナの言葉が言い終わる前に走って、背中から彼女を抱き締めた。


「モルド…………っ」


 泣き出しそうになる彼女をさらに強く抱きしめて。


「絶対に離さない」


 俺は、確固たる決意でそう告げた。



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