第三の試練『献身』
エクエス・レヴィエムの試練の間は、本当に明るく清潔だ。
先史文明の照明の光量は、現代の最高水準に匹敵し、室内の隅々までを明るく照らす。
一目で高価とわかる大理石の床の上には、これまた上等な真っ赤な絨毯が敷かれている。
象牙色の壁は金細工で豪華に飾られ、本当に、どこかの宮殿の一室の広間のようだ。
それは、建造物として眺める分には、とても心惹かれる物なのだが、ある一つの行為に対して、
遺跡やダンジョンの類としては、非常識な程に大きな抵抗を生むことになる。
――野ションが、し辛いのだ。
特に、羞恥心の強い女性なら、今にも限界を超えようとしていても、下着を下ろすことを躊躇うくらいに。
そして、そんな女性達に輪をかけて、排泄に対する羞恥心の強いアリアは、その選択肢を、頭に浮かべることすらなかった。
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『第二の試練を突破しました。最終試練を』
「やるっっ!! やるわっっ!! やるから早くううぅぅぅっっっ!!!」
天の言葉を遮って、アリアが叫ぶ。
『なんで?』『酷い』『私が何をしたって言うの?』
恨み言ならいくらでも出てくるが、アリアにそれを口にしている余裕はない。
『一秒でも早くトイレに』
残された僅かな時間をそれ以外に割いてしまえば、アリアを待っているのは金色の悲劇だ。
『最終試練を』
「ああああぁぁっっ!!? 早くううううぅぅぅっっっ!!!」
もう飽きるほど見た光がアリアを包む。
トイレに駆け込もうとした、子鹿の様な姿勢のまま、アリアの最後の試練が始まった。
『『献身』の試練を開始します』
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『体内環境、精神状態の解析完了』
『最終試練構築完了』
『挑戦者の疑似登録完了』
――ShinyTear,standby.
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アリアの目の前に広がる異境の都市。
建築様式も、道ゆく人々の服装も、何もかもが未知の光景。
唯一、学園の制服と似た服を着た若者達の存在が、自分達の世界とのつながりを感じさせた。
――神代。
アリアはこれまた知る由もなかったが、ここはアリア達が『神代』と呼ぶ、電気と化学の時代の街並みだった。
(トイレっっ!! トイレえええぇぇぇぇっっっ!!!)
ジョロッ、ジョロロッ!
「ああぁああぁぁっっっ!!? ト、トイレぇぇ……!」
勿論、アリアにその光景に見惚れる余裕はない。
括約筋は力を失う寸前。
膀胱はパンパンで、もう一滴の隙間もない。
アリアの尿意は、既に我慢の限界を超えている。
いつ出口が開き、足元を水浸しにしてしまっても、おかしくない状態だ。
ジュィィィッ!
「んんんんっっ!!? あ、あ、あっ、あっ!?」
(もうダメっ! もうっ、出るっ! トイレっ! お願いっ! トイレっっ!! はっっ!!?)
必死に辺りを見回すアリアの目が、『それ』を捉えた。
見慣れぬ風景の中にあって、とても見慣れた、丸と三角で出来た真っ赤なマーク。
今、アリアが最も求めている場所。
「あぁっっ!! トイレええええええええええええっっっっっ!!!!!」
絶叫が、響き渡った。
両手で出口を抑え、中腰のままバタバタと、トイレへ向けて駆け出すアリア。
その軌跡には、まるで道標の様に、ポタポタと水滴が落ちている。
(も、漏れちゃうっ! 全部っ、全部、漏れちゃうっっ!!)
トイレに人は並んでいない。
辿り着けば、この満タンになった膀胱を空にできる。
今度こそ、本当に最後の我慢。
死ぬ思いで括約筋を締め上げ、トイレまでの道を駆け抜ける。
そして、そんなアリアに――最後の『試練』が、立ち塞がった。
――ドオオオオオオオンッッ!!
轟音と爆煙。
アリアの行手を遮る様に、異様な集団が姿を現す。
黒い全身タイツで頭まで覆った、五十人にも及ぶ不気味な男達。
そして、3mは超えるであろう、人型だが、人でも、魔獣でも、邪神でもない異形。
全身紫色で、肌は硬質化しているのか光沢がある。
そして、肩と一体化した頭部は、肉塊に目と口が付いた、グロテスクな見た目をしていた。
異形は周囲を見渡し、そして、その口が笑みを作る。
「聞け、人間共よっ! この公園は我々、秘密結社『ブラックタランチュラ』が乗っ取ったっ!
逆らう者は皆殺しにする! お前らっ! やってしまえっっ!!」
「「「「ギィー!」」」」
「「「ギィー!」」」
「「「「「ギィー!」」」」」
異形が、その見た目からは考えられない程に、流暢な人語を繰り出す。
逆に全身タイツ達は言葉が話せないのか、鳴き声のような叫びを上げて、手近な人々を襲い出した。
一気に狂騒に包まれる、神代の公園。
そんな中、アリアは出口を抑えた姿勢のまま、ただ固まっていた。
(何でっ!? どうしてっ!? 何でいつも邪魔するのっ!? 私はトイレに……おしっこがしたいだけなのにっっ!!)
あまりにも理不尽な運命。
それはアリアの思考に、ほんの少しだけ、尿意以外の感情を差し込む。
「何で、みんな……っ」
「私を虐めるのよおおおおっっっっ!!!!」
怒りが、弾けた。
――ShinyTear,wake up.