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レヴィエムの大工房

 皇立学園の目玉科目『遺跡調査実習』は、午前中の三時間を使い、先史文明時代の遺跡を調査する、実践科目だ。


 とは言え、アリア達はまだ、中等部に上がったばかり。

 初の実習となる今回は、いわば『実習のための実習』。


 時間は二時間。

 実習場所も、既に完全に調査され尽くした、安全な場所だ。

 何なら、観光地にもなっている。


『レヴィエムの大工房』

 入場料、大人小銀貨5枚、子供小銀貨2枚。


 とは言え、精々が旅行者や労働者階級向けの観光地だ。

 安全というだけで、設備は照明が多少追加された程度。


 対して生徒の殆どは、今日まで何不自由なく育った、貴族の子女だ。

 平民であっても、比較的裕福な商家の者が多い。


 彼らにとっては、この平穏な大工房ですら、過酷なダンジョンに姿を変える。


 二時間の実習の終了間際には、生徒の多くが、心身共に消耗しきっていた。



「んっ……ふぅぅ……」



 そんな彼等に紛れ、アリアもまた、苦しそうな吐息を漏らしていた。


 だが、よく見るとその様子は、他の生徒達とは違って見える。


 鉛を引きずる様な重々しい足取りの他の生徒達に対し、アリアの膝は、何かを耐えるように、モジモジと擦り合わされている。

 呼吸も疲れているというより、何か、苦痛を紛らわせようとしているように思える。




(あぁ……早く……っ)


 アリアは別に、疲れている訳でもなければ、急に体調を崩したわけでもない。




――トイレ……っ!



 アリアは、どうしようもない程に、小用を足したくなってしまっていたのだ。


――――――――――――――――


「くっ……ふぅぅ……」

(大丈夫……っ……大丈夫よ)


 チャポチャポと、音が聞こえそうな程に膨らんだ膀胱を抱えて、出口に向かうアリア。


 下腹を摩りながら、できる限り膀胱に振動を与えない様、慎重に足を運んでいく。


(実習は、もう終わり……っ……後は、ここを出るだけ……! そしたら……すぐ、トイレに……っ!)

「んん……っ!」


 ゴールを意識してしまい、実習用の特殊制服から伸びた太股が、ブルッと震える。


 実際は遺跡を出ても、すぐに解散というわけではない。

 整列と点呼、そして学園に帰還するための、馬車で五分程の道のり。

 やることは、意外とあるのだ。


 男子や羞恥心の薄い者なら、ここまで切羽詰まっていれば、トイレを優先することもできよう。


 だが、アリアにはそれができない。


 強国ランドハウゼンの皇女という立場や、それによって否応なく集めてしまう視線。

 そして、持ち前の強い責任感と羞恥心が、尿意に負けて団体行動中を外れ、一目散にトイレに駆け込む無様を晒すことを許さない。


 学園に戻った後も、着替えが終わるまでは必死に平静を装い、我慢を続けることになるだろう。


 トイレに辿り着けるまで、最短でも二十分。


 数々の苦難で鍛え抜かれたアリアの括約筋を持ってすれば、耐えられない時間ではない。

 だがそれでも、かなりの苦戦を強いられることになるだろう。

 決して、油断をしていい状態ではない。


 アリアは今一度、気持ちと出口を引き締めた。


 やがて、遺跡の出口が近づいてくる。


「ふぅっ! ……くっ……ふぅぅ……っ!」


 一歩踏み出す度に、熱水が出口を叩く。

 仕草や呼吸を抑え平静を装うのも、そろそろ限界だ。


「うぅっ……ふぅぅぅぅ……っ!」

(大丈夫……我慢できるわ……! 気持ちを、緩めなければ……っ!)


 だが、それでもアリアはこの時点で、予想よりは余力を残していた。

 トラブルさえなければ、無事にトイレに辿り着くことができるだろう。



――トラブルさえ、なければ。


 レヴィエムの大工房は、隅々まで調査し尽くされた、安全な遺跡。

 ギルドからも、帝国からも、そう認定を受けている。


 だから、これは偶然が重なった末の、奇跡に近い出来事。



「くぅっ!?……あ、ん、はぁぁ……っ」


 偶然、その場所でアリアが強い波に襲われた。

 偶然、体を支えるため、壁の一箇所に手をついた。

 偶然、尿意に気を取られたアリアが、魔力の制御を誤った。

 そして偶然、アリアがレヴィエムの設定した条件を満たす人物だった。



――ブゥゥゥン……!


 アリアが手をついたところから、壁の一角、更にアリアの足元まで術式が浮かび上がる。


「えっ? な、何?」


 突然の事態にアリアは動揺し、咄嗟に身動きが取れなかった。

 そしてそれは、致命的な一瞬となる。


「きゃああああっっ!!?」


 術式が強い光を放ち、アリアを包み込む。

 そして光が止むと、アリアの姿は、影も形もなく消え去っていた。

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