二重の咆哮、蛇の毒牙
食糧が豊富にありそうな森林エリアまでに道のりは幾つかのエリアを経由する。
そのうちの一つに差し掛かると、見えて来たのは遺跡だった。
折れた石柱、崩れた建物、割れた石畳み。
壊れた遺跡の中を、襲撃に備えつつ横断する。
「ダンジョンにも人が住んでたのかなぁ」
「推測。古代文明」
「ロマンだな。探せばアーティファクトとか見付かりそうだけど」
「遺跡は多くの冒険者によって探索されつくされており、発見は極めて困難」
「だよな。なにか役立つものがあればと思ったんだけど」
流石になにも残っていなさそうだ。
「でも、寝床にはちょうどいいよな。姿も隠せるし、魔物も見ない――」
言った側から魔物を見た。
瓦礫の陰からぬっと姿を見せたのは胴の長い蛇。
人間とほぼ同じ太さの大蛇が現れ、目と目が合う。
「フラグ回収を確認」
「不用意なこと言うもんじゃないな」
蛇が威嚇し、こちらが剣を抜く。
すると向こうは一度、瓦に礫裏に姿を隠し。
「おおっと?」
見上げるほど大きな獅子と山羊が現れる。
その二つは一つの胴体を共有し、背には翼が生え、その尾は先ほどの蛇になっていた。
「蛇かと思ったらキメラかよっ」
大翼を広げ、二種類の咆哮が遺跡に轟く。
残響が鳴り止まないうちにキメラは山羊の頭から息を吸い、獅子の口から火炎を吐いた。
「器用なことしやがって!」
即座に火衣で全身をコーティング。
キメラの火炎を浴びるが、その火力の高さに身が焦げる。
「足りっ、ないっ」
続けて鉄鱗で鉄鱗を生やし、どうにか火炎を対処した。
「これなら」
火炎の最中を突っ切り、至近距離へ。
キメラの目の前に陣取り、炎の剣の一撃を見舞う。
しかし、それはバックステップで躱されてしまった。
空振りに終わり、距離を取ったキメラから蛇の尾が飛ぶ。
咄嗟に盾にした左腕に食らい付かれ、鉄の鱗に亀裂が走った。
「警告。毒牙の可能性」
「まだギリギリ防げてる」
自らが火炎を吐くからか、ほかにも魔物が混ざっているからか、火に耐性があるようでヘルハウンドの火炎を蛇は意にも介していない。
牙が鱗を突き破るのも時間の問題だが、これだけ近ければ好都合だ。
「吸収」
食らい付いた蛇から魔力を吸収すると同時にその咬合力を奪う。
それにキメラも気付き蛇を引っこめようとするがそうはいかない。
蛇の胴に剣を突き立てて固定する。
悲鳴を上げたキメラは勢いよく羽ばたいて背負った大翼を限界まで伸ばす。
「あ、まずい」
大翼から放たれたのは無数の羽根だった。
大きな羽根が弾丸のように飛来し、弾幕を成している。
鉄鱗で防ぎ切れるか?
いや、ここは確実に。
「ただでは帰さない」
突き立てた剣を振るって蛇の頭部を切断。
そのまま防衛に当たり、飛来する羽根を撃ち落としに掛かる。
しかし、それらは羽根とは思えないほど硬く、剣を振るうたびに鈍い音が鳴った。
羽根を斬るのではなく押し退けるように弾かなければならず、その過程で一瞬硬直が挟まる。
数も多く剣一振りでは捌き切れず、いくつかの羽根が体を打って鉄鱗が砕かれた。
「いっ――」
痛みで怯み、体勢が崩れ、そこへ狙い澄ましたように羽根が来る。
剣を盾にしてそれを弾きはしたものの、衝撃に耐えきれずに半ばから折れてしまった。
「武器がっ」
失う訳にはいかなかった武器を失った。
「推奨、撤退」
「逃がしてくれたらな」
キメラは再び大翼を広げ、羽根の弾丸を大量に飛ばす。
こちらは半端な長さになった剣を握り締めたまま瓦礫の裏に飛びこんだ。
転がるように退避すると石畳みの地面に羽根が次々に突き刺さる。
身を隠した瓦礫にもそれは降り注ぎ、崩されるのは時間の問題だった。
「何か手を打たないと、なに……か」
違和感に気付く。
半ばから折れたはずの剣は、その重量が半分になっているはず。
なのに、手に感じた重さは以前と寸分違わない。
視線を落とすと、折れたはずの剣が元に戻っていた。
「折れた……よな?」
「吸収によって獲得したキメラの能力と推測」
キメラの能力。
「命名。融合」
融合。
折れた剣とその先を融合させて元に戻した?
「ならっ!」
瓦礫が崩されるのと同時に、再びキメラの視界に姿を晒す。
睨み合う中、足下に突き刺さった硬い羽根を抜き、剣に重ね合わせる。
「融合」
剣と羽根が混ざり合い、新たな一振りとして生まれ変わる。
「……こっちには名前つけてくんないの?」
「命名。羽根剣」
「付けてくれるのね」
今度はこちらから攻勢を仕掛け、石畳みの地面を蹴る。
正面から突っ込むこちらに、キメラは同様に大翼を広げ、大量の羽根を飛ばす。
飛来するそれらに羽根剣で応戦し、鋭い一撃が両断する。
「行ける!」
弾くことで起こっていた一瞬の硬直が、斬ることで緩和された。
斬り続けて隙を無くせば被弾も最低限で済む。
肩や脇腹に何発か喰らいながらも前進して至近距離にまで肉薄を果たす。
キメラは苦し紛れの火炎を吐くが、それはすでに攻略済み。
鉄鱗を生やし、火を纏い、炎の最中に羽根剣を構える。
バックステップで逃れようとした、その瞬間に踏み込んで一閃を描く。
その直後、獅子と山羊の二つの頭が宙を舞い、地面に転がった。
「羽根剣。安直だけど気に入った」
振り払うように火炎を掻き消し、鞘へと納める。
これで四つ目の能力を手に入れた。
「……これ食えるかな? 山羊のほう。草食だし」
「チェック」
アームから針が伸び、山羊の頭に刺さる。
「分析中。食用可能と判断」
「よっし。ヘルハウンドのより絶対美味いはず」
頭から首の肉を、胴体からそれらしい部位の肉を解体。
味見のため少量の肉を鉄鱗で覆った右手で握り、火炎でじっくりと焼いて食べてみた。
「うん、うん。やっぱ、こっちのほうが美味いな」
ヘルハウンドの肉より味がしっかりしている。
若干、臭みが強いのが玉に瑕か。
でも、それを差し引いてもキメラの肉のほうが美味かった。
「ふぅ……それにしても戦ったな」
スケルトン、リザードマン、ヘルハウンド、キメラ。
連戦に次ぐ連戦だ。
本当ならもう家に帰って寛いでいたはず。
「そうだ。ボックス、今何時だ?」
「午後十時五十二分です」
「もうそんな時間か」
ダンジョンの中では時間感覚が正常に働かない。
「今頃、外は大騒ぎだろうな」
ラストダンジョンの出入り口が消失したとあれば必ず騒ぎになる。
あらゆる憶測が飛び交い、出入り口をこじ開けようとする動きもあるかも知れない。
外側から開けてくれるなら願ったり叶ったりだけど、ダンジョンの破壊に成功したという話は聞かない。
期待しないでおこう。
「食糧はあるし、この遺跡の何処かに隠れて今日は休もう」
「探索を開始。安全度を測定し、ほか候補と比較」
安全な位置をボックスに探してもらい、そこで一時の休息を取る。
警戒も任せることにし、非常用毛布に包まって眠りについた。
無事に目が覚めることを願って。
よければブックマークと評価をしていただけると嬉しいです。