ようやく、みつけた
暑い夏の日だった。
冷房の効いた部屋で、外から聴こえてくる蝉の声をBGMに、時折彼女とL〇NEで互いの進捗を伝え励まし合いながら、黙々と作業する。
終わりが見えたのは作業を始めてから数時間後。いつの間にか日が暮れ始めていた。立ち上がり、がらんとした部屋を見渡す。一人暮らし用のワンルームの真ん中には、そこそこの量のダンボールが積み上げられている。
「とうとう、この部屋とも明日でお別れか」
しんみりしつつ、首にかけていたタオルで垂れてきた汗を拭く。
ぐーーーーーーー
感傷的になった空気を引き裂くようにお腹が鳴った。自分にシリアスな空気は似合わないようだと苦笑し、コンビニでも行くかと財布に手を伸ばした。
「ん?」
何かを踏んだ気がした。
足の下から鍵が現れた。拾いあげて思案する。予備の合鍵かと思ったが、よく見てみれば違う。自分が持っている鍵はロータリーディスクタンブラー錠でこのディスクタンブラー錠ではない。実家の鍵……でもないはずだ。もしかすると以前住んでいた人が使っていた物がどこからかでてきたのだろうか。
とりあえずコンビニへ行こうと鍵をズボンのポケットに入れ部屋を出た。
コンビニで小腹を満たしてくれそうなおにぎりや少量のお菓子を適当に買い、気の抜けた店員の挨拶を背に店を出る。
我慢できず買ったばかりのアイスコーヒーを口にした。望んでいた冷たさを喉に感じて、満足気に目を細める。
一気に飲み干してしまった。空になったカップを片手に近場に捨てる所はないかと辺りを見渡しながら歩く。
だが、こういう時に限って見つからない。
仕方ない、引き返してコンビニに捨ててくるか。
踵を返そうとしたタイミングでコンビニの袋を持っている方の手が引かれた。
驚いて後ろを見ると小学1年生くらいの男の子が一人、じっと俺の顔を見上げてきた。
「どうした?」
もしかしなくても迷子か、とあたりをつけて、しゃがみこみ尋ねる。男の子が弱々しく話し始めた。
「僕のお母さんを、一緒に探してください」
「……母さんとどこらへんではぐれたかは、わかるか?」
やはり迷子のようだ。男の子は問いかけに頷いて、コンビニとは逆方向にある道を指さした。
「あっち、だな。とりあえず、俺はコレを捨てないといけないから一旦あそこにあるコンビニに行って、その後君の母さんを探しに行きたいんだけどいいかな?」
「……うん。いいよ」
男の子がカップと俺の顔を交互に見て頷く。カップを持ち替えて空いた手を男の子に差し出すと、男の子は戸惑うことなく繋ぎ返してきた。
歩きながら、息子ができたらこんな感じなのだろうかと想像する。明日から同棲を始める彼女との子供。可愛いだろうな。結婚はまだ先の予定だが、早めてもいい気がしてきた。
斜め下から視線を感じて我に返る。わざとらしく咳払いをして誤魔化した。
母親とはぐれて不安になっているだろう子の前で俺はなんて呑気なことを考えているんだ。……この子の母親も心配しているだろうし、早く探してあげないと。
「ちょっと待っててな」
男の子が頷いたのを確認して、手を離し、さっさとコンビニのゴミ箱にカップを捨てる。
ふと男の子に視線を向けると、どこか遠くをじっと見ていた。その横顔が誰かに似ている気がして目を奪われる。ただ、それが誰かは思い出せなかった。
首を横に振って男の子に駆け寄る。
「待たせて悪いな」
「ううん。行こう」
男の子が差し伸べてきた手を握って歩き始める。
母親と一緒にいたという公園までの道のりをたわいない会話をしながら進む。驚いたのは男の子の名前が自分と一文字しか変わらなかったこと。一気に親近感が湧いた。男の子も嬉しそうに笑っていて、内心ホッとする。
公園に入る手前でスマホが鳴った。彼女からのL〇NEだ。簡単な現状の説明と後で連絡する旨を書いて送る。男の子がジッと見ていることに気づいた。どうしたのかと首をひねれば、スマホを指さされた。
「少しだけ借りてもいい? お母さんに連絡してみる」
「連絡先覚えているのか?!」
それなら話は早いとスマホを渡す。男の子はスマホを手にしてしばらく思案しているようだったが、しばらくして、諦めた表情で返してきた。
「ごめんなさい。よく考えてみたら電話番号は覚えてなかった」
「あー。まぁ、仕方ないな。とりあえず、探すか」
そうだよな。自分もL〇NEばっかりで、親の電話番号は覚えていないし。励ますように男の子の背中を押して公園の中へと入った。
公園内には誰もいなかった。――――そう、誰もいなかったのだ。
「いないな。おまえの母さん、もしかして公園を出て探している……とか」
「ううん。お母さんはいるよ」
「え?」
「かくれんぼしてるんだ。だから隠れているだけで、お母さんはココにいるよ」
「そう、なのか?」
こんな時間にかくれんぼ? 母親と二人で?
確かにこの公園は、ここらへんでは珍しいくらいに広くて、木々もたくさんあって、かくれんぼをするにはちょうどいい公園かもしれない……が。
「とりあえず、一通り探して回るか」
「うん。……お母さんを見つけてね?」
「おう。任せておけ」
男の子の頭をくしゃりと撫でると嬉しそうにはにかんだ。
その笑みに目が奪われる。
「どうしたの?」
「あ、いや……なんでもない。探すか!」
「うん!」
公園内を探し回って30分。どこを探してもいない。人の気配すらない。そして、日も落ちてしまった。さすがに焦りが出てくる。正直そろそろ、警察に相談をしにいきたい。けれど、男の子は頑なに母親はココにいると言い張っている。
なんとか男の子を傷つけないようにして説得しなければ、と考えていたところでその当人が傍にいないことに気づいた。あたりを見渡せば男の子がいつの間にか暗い木々の向う側へと行っているのが見えた。
「おい?! どこへ行くんだ?!」
慌てて声をかけるが、男の子は振り返らずどんどん奥へと進んでいってしまう。仕方なく男の子の背中を追いかけることにした。
追いかけながら、周囲に視線を彷徨わせ、戸惑う。
こんな道、あったか? それに、この公園はこんなにも広かったか?
何かがおかしいと感じながらも男の子を追うしかない。男の子を追いかけて辿り着いた先には開けた空間があった。ポツン、と一軒だけ家が建っている。
「なんで、公園の敷地に家が……」
「ここにお母さんはいるよ」
「は?」
「騙す形になってごめんね。でも、ソレを見つけた時点で僕達の勝ちは決まってたんだよね。よかった……今日中に見つけてくれて」
「何を言って……」
「ズボンの右ポケット」
男の子の口調も、雰囲気も、先程までとは一変していて、思わずたじろぐ。
「右、ポケット?」
ゴクリと唾を飲み込みながら、男の子から目を離さず手探りでポケットを漁る。手に冷たいものが触れ、ゆっくりと取り出す。
「あ」
出てきたのは数時間前に見つけたばかりの鍵だった。
「さぁ、開けて? それで、今回のかくれんぼは僕達の勝ち、だよ」
男の子に導かれるまま、震える手で鍵を鍵穴に差し込む。頭の中では警報が鳴り続いているのに、身体は言うことを聞かない。
ゆっくりと鍵が回る。ガチャリ、と音がした。
満足気に男の子が微笑む。
扉が男の子の手で開かれた。
「ただいま。お母さん。今度こそ、本物のお父さんを取り返してきたよ」
扉の向こうには、8年前突然姿を消したはずのカノジョがいた。訳の分からないまま男の子に手を引かれ敷居を跨ぐ。
カノジョと男の子の嬉しそうな横顔を見比べて気づく。
―――ああ、そうだ。そうじゃないか。この子はカノジョにそっくりなんだ。
後ろでパタンと扉が閉まる音がした。
数ある作品の中から今作を見つけていただき、最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
ここからは蛇足になりますが
裏話はなかなかにサイコな話になっています。
ここだけの話……1番怖いのは今の彼女かもしれません。




