90話 やっと一息付けた
「アランさんが戻ってない?」
待機室で声を上げたのは、『純真』の体現者、第三騎士団長アイリスである。
「ああ、そうなんだ。一応シャワールームも見てきたんだが、本選前というのもあって人の気配は全く感じられなかったよ。」
ここでも万能というか、器用貧乏と思われているのが忍びないほどの好青年は元王子だ。
「え、王子さん人の気配わかるタイプの人なの。異世界じゃん・・・。」
冗談がその場の誰にも伝わらなかったのは、現代人雨宮玲子のせいではない。
「ちょっと何言ってるか分からないけど、とにかく大変なんだよ。そうこうしてる間に、点呼係がやってきてしまう。」
「うっし、ここはあたしの出番だな!ちょっといたずらでもしてかき乱せば、点呼係なんか朝飯前だぜ!!」
落ち着きのない獣人族フラガリアは、椅子の上に立っては跳ねている。
「こら、りあいたずらだめ絶対。やるならわたし、係こんくり漬けにして氷魔の湖にしずめる。」
メモ少女は知的なミニっ子である。学があり博識で、質の高い知識を多く蓄えている。
「真田のやつ、後でしばきまわしたろ。」
「えぇ、しばきまわすのはちょっと・・・」
「団長さんは真田に甘いんですよ。あーいうのは、拳で分からせないと反省しないんです。例えばあいつに『無茶するな』って言ったとして、大人しくしてると思います?今頃だって、どっかでハチャメチャやって死にかけてるかもしれないでしょ?」
「た、確かに・・・。」
「ははは、それは的を射た見解だね、はっはっは!!」
身内が行方不明になった状況でも、第三騎士団はこの調子だ。のんきなものである。
もちろんそこから少し遠く、スタジアムの離れで起こっている激戦については、彼女らは知る由もないのだ。
「──付き合わせて悪いな!俺一人だと効率悪いから、あんたがいて助かったよ・・・ッと、真右に狙撃兵一だ」
「分かってるって、のっ!!はぁっ、はぁっ、君、戦い慣れしすぎ!!銃弾防げもしないのに、なんで息も乱さずピンピンしてるのっ・・・!」
「いやなに、俺も魔法を使ってるだけだ。自分なりのな。・・・その言い草じゃリティエ団長は防げるようだが、防御の方はどうしてるんだ、魔力装甲で身を護りながらでも反撃できるものなのか?っと曲がり角の先に四、一人は弓を持ってる」
確かここの常識では『魔法の継続、同時、連続発動は感覚的にNG』だったはずだが。特に同時発動に関しては、意識を二分割するのに加え、聖霊を説得することにも桁違いの気合がいる。『弱化してるんだからいいだろ』という暴言まがいのクレームで強行突破した俺はともかく、節度ある王都の皆様からすれば三歳児が運転免許を取るようなものだ。『あなたは何をおっしゃっているのですか』と流されて当然だ。聖霊は人ができないことをさせてくれるが、人の身が滅んでしまうことはさせない存在である。聖霊と真摯に付き合ってきた繊細な彼女には、おそらく尚更だ。
「魔力装甲ね。あれ少ない魔力で効率よく防ぐための補助魔法みたいなものだから、ある程度の量と練度があれば素手でも防げるの。魔力暴走の何が嫌って、身体中の魔力が散ってノーガードになることだったんだけど。ほんと、生身で戦ってる君の気が知れないよ。ったく!」
なるほど、魔力の暴力である。あれだけ脆かった氷魔の龍は、そういう理由で七魔に数えられていたわけだ。端的に言えば、魔力はステータスポイントなのだ。精神力のあたりは知らんが、体力、攻撃力、防御力、素早さといったシンプルな力量に関しては間違いない。素早い獣人や硬い土人という風にバランスの違いはあれど、魔力が地力に繋がるのは確かなようだ。
「そういうものか?」
「そういうものなの。私ほんとは投げナイフなんかじゃ死なないんだから、もう庇ったりしないでね。」
「・・・っはは、断る。」
「断るなばか」
「なら『対抗戦』で勝ってから言うんだな。・・・さ、残党狩りもこれにて。・・・終いだ。」
奪い取っていた盾を暗がりに投げ、飛び出してきた斥候がぶつかったのを確認して、終幕。
「・・・ふぃー。やっと一息付けた。」
「本選直前だってのに、すっかり世話かけたな。・・・ほらこれ、なんとなく万能なポーションだ。散々連れまわした俺が言うのもなんだが、準備があるなら早く行った方が良いぜ。後の片づけは適当にやっとくから、あんたはあんたを待ってる奴らのところへ戻ってやってくれ。」
茶髪の団長にもらった鞄から取り出した小瓶を投げて渡すと、白髪の団長は怪訝そうに見る。それも、鞄の方を。
「ん。・・・って、その鞄。どっかで見たことあるような気がするんだけど。」
「これか?・・・第三騎士団の団長からくすねてきたものだが。」
「はぁ!?泥棒したの!?」
「あー、その辺はどういうことになってるんだったかな。・・・まぁいいや、とりあえず気になるなら、こいつはお前に預ける。後でアイリス団長に会うだろうから、その時に渡しておいてくれ。・・・言っておくが、あいつは強いぞ?多分だが、まだ誰にも見せてない隠し玉を持ってる。」
今年の優勝は第三かな、と笑ってやると、彼女はその翠眼で睨みを利かせて言った。
「・・・生憎だけど、今日の私は一味違うから。」
「・・・その顔。闘争心むき出しで若干子供っぽいが、あんたらしくていい。・・・まぁ、気張れよ。リティエ団長。」
「言われなくても!!
そうして俺は、彼女の意気を見届けて。
「あと君、次会ったら普通に捕まえるから。」
「げ。」
「『げ』じゃないの悪食の死屍鴉。まったく、仇名付きを見て見ぬ振りしたなんて知れたら、私ただじゃすまないんだけどね。なんなら今ここで捕まえてやっても───って、逃げんなばか!!」
「っはは、断る」
「断んな、ばかーーーっ!!」
一目散に、逃げ出したのだった。




