8話 心に美学は足りてるか
「・・・さて、第二の騎士。お前らの事情など俺は知らないが・・・・・・とりあえず反省しろ」
言葉に反応し、ローブを纏った男たちは敵意を顔に出す。団長と少年は、予想外の俺の登場で呆気に取られているようだ。
それにしても、痛い。ただ殴られたからという説明では納得し得ない程に異常な痛みが、心臓を中心として全身に脈打ってくる。
俺を殴った取り巻きの騎士団員の拳は奇妙な黒い光を纏っており、この痛みが非科学的なものであることを示唆していた。
「ガキに当たったら死んでたぞ、この野郎。」
「なんですか、あなたは。勝手に殴られに来ておいて、何を今さらほざいているんです?それに、第二騎士団の権利を侵害しているのはその子供ですからね。本来なら殴られるだけで済まない重罪なんですよ!!・・・・・・会話もできない野猿には、もう一度痛い目を見てもらうしかないですねェ!!」
ヒステリーを起こして口調が崩れている。それはもうカンカンのご様子で怒鳴り散らす男に便乗するように、取り巻きは邪悪な笑みを浮かべながら近づいてきた。杖を持ったリーダー以外は武器を持っていないようだが、互いに何らかのスキルを唱えて身体を強化しているみたいだ。スキルで自分や仲間を強化して戦う『スキル武装インテリ軍団』とでも言っておこうか。
ローブの華美な装飾から考えるに、彼らは第二騎士団の中でも結構な位にいるのだろう。だが、優秀な人間は実力がある分人を見下すようになる。それが群れを成したから、歯止めが効かなかったわけだ。俺はため息をついてから口を開いた。
「考えを押し付けることが会話だと思っている奴が多くて、どうもいけない。・・・それに、本来は重罪で権利の侵害?・・・浅い、それに甘い。そこじゃあないんだ。権利とか事実とかはどうでもいいのさ、この際。・・・・・・俺が問いたいのは最初からただ一つだ───」
「よく見るとこいつ、指名手配犯の野郎ですよ!」
「なにっ!!?取り押さえろォ!!」
「──心に『美学』は足りてるか?」
─────
「──ブグァあッっ!!」
小指から順に指を畳み、大きく一歩踏み込んで、放つ。
「なっ!魔力装甲が・・・!?貴様、何を───ボゲエぁ!!?」
「ただ殴っただけだ。・・・さて、あと九人だが、一生懸命抵抗させてもらうとしよう。」
やはり魔力装甲だったか。自分の魔力を使って魔力の侵入を相殺する、端的に言えば魔力の盾だ。この世界は小石にすら魔力が通っているから、戦闘においては必須スキルと言っていいだろう。
だが、身体に魔力が通っていない俺の物理攻撃は魔力装甲を貫通するらしい。魔力装甲頼りの取り巻きは二人とも一撃で十分だった。まあそれと同時に、使っても砂粒一つ防げないのも事実ではあるが。
「・・・六、七、八。・・・数え間違い?」
ちょこんと座った団長は騎士団員を数え、首をひねっている。全くお茶目な団長様だ。
「ちゃんといるだろ?九人目。」
言葉と同時に、団長を指さす。
「は・・・はあああっ!!?」
信じられない、という顔をされても困る。現に俺は指名手配犯で彼女は騎士団長だ。なにもおかしなところはないし、抵抗するのも当然の流れだと思うんだが。
「さて、優しい団長様は少年を庇う時に鞄を落としてしまいました。その鞄が今俺の手元にあります。・・・そうしたらまあ──投げ捨てるよな?」
「ちょ、待っ───!!・・・あ・・・・・・ば、ばかーーー!!」
彼女は顔を真っ赤にして「最っっ低!!!」と捨て台詞を吐き、俺が思いっきり投げた鞄を探しに行った。これでようやく、最大の危機は一時去ったと言える。団長が戻ってくるまでにさっさと終わらせてしまおう。と、思ったはずではあるのだが。
「・・・っと、空元気もここまでみたいだ。」
俺が胸を抑えて跪くと、杖を持った男がニヤリと嗤う。取り巻きも含めて第二騎士団員なんだろうが、およそ人を守る仕事の人間とは程遠い表情を浮かべ、悪感情だけが辺りを覆った。
「ぐっ・・・!!
「心臓が痛むか!!あのくそ女がいない今だから教えてやるが、それがあの方から頂いた『呪術』の力だ!!植え付けられた痛みが膨れ上がり、最後には『呪詛』のスキルが発動し、お前は苦痛に悶えながら死んでいくのだ!!」
よく喋る男だ。どこかで聞いた覚えのある勢いだが、どうにも思い出せないな。
『呪詛のスキル』、か。呪術の力を纏った状態で攻撃すると痛みが大きくなり、最後にもっとやばいのが来るらしいな。なんにせよ、ろくでもない魔法であることは確かだ。少なくとも、向こうの警察官に当たる騎士団員が行使していい代物じゃない。
「じわじわと命が削られるのを感じるだろう?痕跡が残らないから、この街のゴミどもを掃除するのに都合がいいと思わないか!?どうだ!答えてみろ!!」
「・・・」
「答えられないか!!あの方は、「内に秘める絶望に干渉してその存在を侵食する」とおっしゃっていたが・・・予想以上だ!!さあ、発動するぞ・・・!『呪詛』の初お披露目だ、私とあのお方の野望の第一犠牲者に成れることを、誇りに思うんだなァァ!!!」
不気味に嗤いながら俺の前に立ち、狂人と化した男は杖を空に掲げ、先端から零れる黒い靄が俺の心臓を包み込んだ。
にしても、ご丁寧に色々と教えてくれやがる。他者をねじ伏せるのが、よっぽど嬉しいのだろう。俺がその第一犠牲者に選ばれたのは、やはり『運命』と言えるのだろうか。
靄が全身を包み、痛みが限界に達したところで口を開く。
「・・・・・・良かった。」
「あァ?」
「・・・俺が最初で良かったと言ったんだ。アンタの言う通り、俺はこの運命を誇りに思う。」
「ついにイカれちまったか!こいつは愉快だなァ!!」
・・・ああ。愉快だとも。
俺は拳を握りしめ───
──極限まで弱体化した『呪詛のスキル』を無視して、男の顔面を殴り飛ばした。