88話 自分は結構強い方
大水が包んで、はじけた後の廃通路。
「・・・はぁっ、はぁっ、大丈夫!?ねえ、ねえってば!・・・っ、息してない・・・。」
全滅した襲撃者たちの向かい、暗い通路の行き止まりにて、少女が揺さぶったのは屍の肩である。惨死体、手遅れの象徴、蹴とばしてバラバラになるような肉片のつなぎ合わせとも見える。死体は息をしないと、彼女は知っていた。
「勝つって言ったのに。情けなくて、見てらんない。」
悪態をついた。白い髪が彼の血で汚れたからだったかもしれない。感触が想像より冷たかったからかもしれない。しかし彼女は冷静だった。取り乱す気力がなかったのもあるが、希望が何故かあった。もはや今の彼女は、現実を見ていなかった。彼と同様の、馬鹿げたデイドリーマーだった。
「・・・・・・生き返ればか。」
『聖霊の極意』。彼女は死の淵で、奇跡的に掴んでいた。聖霊と深層領域で調和したことによる、魔の法を凌駕した究極詠唱。本音と言葉と意思と聖霊は寸分たがわずに一致し、その限界は聖霊の終着点、すなわち無限とリンクする。際限のない意志の具現化、それは天の法だった。必然でもない限り掴めないような、奇跡だった。
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「・・・・・・ん、あぁ?」
結果として、彼は起き上がった。
「おはよ。」
あきれ気味な溜め息と透き通る声を、最初に聞いた。
「この光。よく見えないが『天使』か?・・・また会ったな。それとも初めましてか?」
「なーに寝ぼけたこと言ってんだか。さっきまで内臓ボロボロだったくせに、のんきな奴。・・・ふわぁ、さすがに疲れたから、私も横になろっと。」
横たわり、逆さ向きに顔を合わせる。風車の羽が中心を眺めるように、二人は目を合わせた。どこかキョトンとしたその表情に、彼女は優しく微笑んだ。
「おいおい、あんたは第二騎士団長じゃないか。さっきまで涙腺ボロボロだったくせに、随分と涼しい顔だな。」
「っ、最低。魔法で君の記憶、消しちゃってもいいんだけどね。」
ここでもう、二人は仰向けになっている。
「名案だが、遠慮しておこう。アレを即座に何とかしてやれなかった情けなさを、風化させたくはない。あれもこれも、結局あんたにやらせちまったようだしな。」
経緯については、聞かない。二人とも、なんとなく情報交換をする気ではないのだ。どちらかというと、互いに敬意を向ける相手のことが気になっているのだ。
「・・・へー。そんなの気にするデリカシーなんかないのかと思ってたけど。」
「ポリシーの話さ。『自分は結構強い方』、『十分頑張った方』なんて勘違いしたら最後、俺は二度と勝てなくなる。『最弱』が大前提の戦いをしなけりゃ、聖霊に合わせる顔がない。」
「思ったより真面目なのね。でも君、重要指名手配犯じゃなかったっけ?美人の団長二人に追いかけられてる仇名付きにしては、ちょっと卑屈すぎじゃない?」
「っはは、違ぇねえ。しかし三人目でもいれば、もう少し自信がつくかもな?」
「うるさい。・・・もう、そんな減らず口でなにやらかしたのやら。」
「おっと勘違いするなよ。俺は噂通りの小心者で、悲劇の王子様じゃあない。不良に惹かれる年頃にしても、相手はよく選んだ方がいいんじゃないか?」
「っ・・・別に惹かれてないし。てきとうなこと言わないで。」
「ああ悪い、冗談だ。」
「・・・最低。気持ち悪いにも程がある。」
こいつ雨宮と相性良さそうだな、俺への不満で意気投合しそうだと、彼は思いつつ、黙る。再び静寂が訪れて、床の感触を思い出す。
「・・・・・・ねえ」
彼は向き直った。
「・・・私の魔法って、綺麗?」
「急にどうした」
「いいから」
「・・・。正直に言えば、どうしようもなく綺麗だ。さっき光ってたのに関しちゃ、危うく惚れるところだった。」
「ほんと?」
「いや悪い、冗談だ。」
「・・・あのまま野垂れ死ねばよかったのに」
「軽めだが不死の病にかかってるから、あれでも一か月ほど放っておけば元通りだ。」
「・・・最低。」
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