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86話 命乞いでもするさ

───────────



─────



『団長をも翻弄する重要指名手配犯』の話を、先日小耳にはさんだばかりだった。


「対抗戦前の交流会で、二人が話してるのを聞いちゃったの。いつもクールなミア団長が顔真っ赤にしてたから、何事かと思った。」


「確か、そう『悪食の死屍鴉(ブラックリリー)』だ。なんか黒い噂のあったエリート部隊を壊滅させて、その隊長をやっちまったっていうアイツのことだろ?怪しい権力者達を再起不能にしまくったとか、例の呪術にもかかわってたって聞くぞ。みんな腐るか化け物になってた時に、一人だけ王城を荒らしまわってたんだと。」


「もしかして犯人?」


「五十人ほどいた捕縛部隊も振り切って逃走したと、僕はそう聞きましたよ。第三の団長、それにミア団長も捕まえられず、結局今も王都に潜伏してるみたいです。」


「うぇ、怖すぎ。」


呪術騒動前後の時間を遠征に費やしていた私は、新たな仇名付き(ネームド)が生まれたことくらいしか聞かされていなかった。他の団長さん達がやられて黙っているはずもない私が、部隊編成に参加しなかった理由だ。対抗戦を控えていたから、この話は胸の隅にしまっておくことにしたのだが────




───「グッ、なんなのだお前は!!?」


「通りすがりのっ、しがない犯罪者だ。ただ、量産型悪党のお前らよりちょこっと悪い『仇名付き』だけどな?・・・そらそら、やたらめったら振り回すな、よっ──!!」


「ぐぬうっ!?」


「仇名付き・・・だと!?騎士団長と渡り合う実力を持つバケモノで、王都に五人といないんじゃなかったのか!?」


「おい馬鹿、しゃべってないで避けろ!!」


「なっ──ごふッ!!」


「この野郎ッ・・・ぐおおッ!!?」


「な、速いっ、うわあああああっ!!」



次々と、戦闘狂が蹴散らされていく。何が起こっているか理解できないのは、魔力暴走のせいではないだろう。さっきからおかしいのは、あそこで戦っているあいつの方だ。


(これが・・・仇名付きなの・・・!?)


地割り天を裂く魔法、目にも止まらぬ光速の剣戟。仇名付きや騎士団長、七魔竜や大魔導士は、そういう力を扱うものだったはずだ。私が今まで相手にし、そして羨んできた『強さ』は、この戦いの何処にも見当たらなかったはずだ。彼は彼の言ったとおりに、それらの力を行使していなかったはずだ。


それなのに、気づけば彼は敵の頭数を半減させていた。


「このっ、なんで倒せねえ!!」


特別速い動きじゃない。豪快な筋力を有しているようにも見えない。でも現実に、彼は勝っていた。全部の攻撃をぴったりかわして、全ての反撃は有効打になった。


(かわ)せるものは回避、躱せないものは防御だ。両方無理そうなのが来れば、そん時は命乞いでもするさ。」


元々傷だらけで、たった一人で、それも私を背中に庇った状態で。でもあいつは、驚くほど強かった。


(・・・いや、ちがう。)


傷が痛むから、たった一人だから、こんな私を、庇っているから。

もうダメージを受けるわけにいかないのかもしれない。もう引き下がれないのかもしれない。あいつは既に、だいぶ無理をしているのかもしれない。


(それなら、私が!)


壁に背を預けたまま、意識を集中して手を伸ばす。さっきポーションを飲ませてもらったし、天の滝(ヘヴィレイン)くらいなら使えるはずだ。踏ん張れリティエ=ヴァイス、どこの誰かすらわからないけど、私を護って傷つく人なんか見たくないはずだ。


「うぅ、くぅぅ!!」



せめてほんの少しでも、助けに───



「魔力暴走状態だってのに、何やってんだぁ?女ァッ!!」


(ルーン式投げナイフ三本っ、・・・やられるっ!!)


「遅かったかッ・・・!!」


「っ──!!」



─────────




───あいつが、よろめいた。


床には、二本のナイフ。彼が右腕で大斧を防ぎながら、もう片方の腕で弾いたものだ。そして、もう一本は。


「はっは!なんだこいつ!自分からあたりに来やがったぞ!!」


振り向いたその左胸を、いともたやすく突き破っていた。


「っ・・・!!」


心臓に刺さったナイフをそのままに、彼は一歩、また一歩と肩を揺らして私に近づく。


「・・・く、クロスボウと銃を拾え!確実にぶち込んでやるんだ!!」


「・・・いや・・・ぁぁっ!」


私は無様にも後ずさって、廊下の角まで追い詰められた。


彼はその私に覆いかぶさって、この期に及んで庇ってくる。


ナイフの柄からしたたる鮮血が、嘘であるはずはなかったのに。


「今度こそ終わりだ!撃て!撃てエエエェェ!!」


「──グッ、・・・っ!・・・がッ!!ッ──!!・・・かはッ・・・───。」


銃声と矢の刺さる音、衝撃に合わせて揺れる身体と血の色、その全てが脳みそを引っ搔いて、私は泣き叫んだ。


「ああ・・・ぁあっ・・・あああぁぁぁぁああっ───!!」

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