80話 上手くできるか分からないけど
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鮮明で不快な、遠くて近い過去の話。
「・・・よしっ!」
しわのない制服を着こみ、私は愚かにも活力全快で、その門をくぐったのだ。
「リティエ=ヴァイスさんですね。実技試験の会場はここを曲がって十三番目にあります。精霊の祝福がありますように。」
「・・・!はいっ!!」
肌を撫でる黒布の感触は、今でもよく覚えている。魔法学校の制服なんてものを初めて身に纏って、私はもう本物の魔法使いになったような気でいた。持ち前のひたむきさで勉強に励み、筆記試験の方は申し分ない結果を残している。何より私は、魔法と精霊について学ぶのが楽しかったのだ。小さな頃からからその手の本に頭を浸していた私に、両親はミストルテインの杖と魔法学校への編入試験を贈ってくれた。純粋に、嬉しかった。その校舎の全てが、眩い光の魔法で創られているように思えた。
「試験のお題は水魔法。上手くできるか分からないけど、がんばるぞ・・・!!」
しかし、それは違った。
「──強化水術!!」
「えっ。」
「強化、水術!」
「な・・・なんで・・・。」
強化水術は、魔法学校で下位魔法を教わってから習得可能になるスキルだった。初等学舎で習得可能なのは、各属性の初期魔法だけだった。
「では次、リティエさん。やってごらんなさい。」
つまるところ、魔法を学ぶ学舎への編入は、既に魔法を扱える者の方が有利だった。継承のコストが削減されるため、それは学校側から見ても好都合な話だった。理不尽という言葉の意味を知らなかった私を置いて、他の生徒は高額の魔導書によって下位魔法を習得していたのだ。
「は、はい!うぉ、水術!!」
「・・・・・・。」
試験会場でその魔法を使ったのは、私だけだった。さらに言うと、私の魔法は同じ初期魔法の中でも見劣りするような出来だった。
「───ぷはは!なんだ今のちょろちょろ!!おまえ、才能ないんじゃないか!?」
「とりあえず、一人ライバルが減ったな!ははは!!」
好きと得意は、別物だった。むしろ私の場合、苦手だからこそ憧れたようなものだった。才能と財力の差、魔法学校の現実を見せつけられた私は、魔法学校の事が少し嫌いになった。
しかし空虚な憧れは、皮肉にも功を成してしまった。
「筆記試験と合わせて、ギリギリ合格・・・。」
捨て科目と呼ばれた精霊知識がメインの筆記試験は、今回が初めてだったらしい。他の生徒は大打撃を喰らったようだが、出題傾向などそっちのけで勉強した私の成績は後続を大きく離して一位に立った。
筆記試験で最上位、実技試験で最下位を取った私は、魔法学校の編入試験に合格した。クラスは落ちこぼれの集う『ゲウム』で、憧れだった『グロキシニア』とは一番遠い教室だった。
「こんなの・・・・・・、ううん。誰よりも練習して、全員見返してやる・・・!!」
そうして、私の醜い悪足掻きが始まった。
「リティエちゃん、この後ゲウムのみんなで遊ぶんだけど、来ない?」
「私は、遠慮しとく。今日は図書室で魔力回路の勉強したいし。」
「えぇっ、と。・・・うん、分かった!」
ゲウムの人たちは、家の意向で入学しただけで、特に向上心のない人がほとんどだった。強くなることを諦めた様子の連中が、私は少し嫌いになった。
「俺隣のクラスなんだけどさ、あのリティエって子、めっちゃ可愛いな!!貴族街の別荘に誘ったら、喜んで遊びに来るかな!!」
「・・・やめといた方が良いぞ。あいつ勉強ばっかで、付き合いめちゃくちゃ悪いから。」
「・・・なんだ、真面目ちゃんか。せっかく可愛いのに、勿体ない。」
「っ。・・・あのさ、聞こえてんだけど。私の才能が見た目だけって言いたいわけ?」
「ひっ!!すみませんでしたぁ!!」
私の元によって来る男は、決まって才能と財力を見せつけた。そんなことの繰り返しで、私は『持っている』とみなされる人と、お気に入りだった自らの白髪が嫌いになった。
魔法学校に編入して、時間が経った。練習して、上達しなくて、泣きながら練習して、やっとできるようになった後には、上達の遅い自分への憎しみが湧いた。それでまた泣いて、泣き止んだらまた、魔力切れで気絶するまで練習した。
学校と生徒と自分とを、私は嫌いになった。あざやかな世界が色あせて、私は多くを嫌いになった。
「豪雨。・・・!!できた、できたできた、やったぁ・・・!!」
それでも、魔法だけはどうしても、嫌いになんかなれなかった。杖に魔力を伝わせている瞬間だけは、世界が少し色づいた。
そんな私の想いに、精霊は徐々に応え始めていた。




